母親は夢を諦めなきゃダメですか?夫を「支えてあげて」の言葉が悔しい

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-07-13 06:00
投稿日:2024-07-13 06:00

【吉祥寺の女・林絵里奈32歳 #3】

 かつて漫画家を目指していた夫婦の絵里奈と拓郎。双子の子供ができたことを機に、夢を諦め堅気の生活をしている。

 夜勤の介護職員の拓郎(31歳)は多忙で絵里奈はほぼワンオペだが、家族のために働いていると思うと何も言えない。だが、拓郎が夜勤と嘘をつき、漫画家活動をしていることを知り…。【前回はこちら初回はこちら

 ◇  ◇  ◇

 信頼していた夫が仕事の裏で行っていた秘め事。それは、絵里奈にとって、想像を超えた最悪な真実だった。

 自分に内緒で、漫画家活動をしていた彼。

 投稿サイトの作者プロフィール欄には、『双子女児の育児に奮闘中! 応援よろしくお願いします』とあるのが目に入る。

 ――どうして…。

 頬を辿る感覚。ひとすじの涙が伝っていた。

夫の「秘密」に浮気より失望

 仕事だと偽っていた拓郎への怒りなのか、失望なのか、それとも別の何かなのか。

 正直、浮気の方がマシだった。感情が理解できない分、一方的に徹底的に彼を悪者にできるのだから。

「どうしたの、ママ」

 ウミとナミが、スマホを手に泣いている絵里奈に気づき、心配そうに覗き込む。

「何でもないよ」

 子供を前にすると、不思議と涙は止まる。それを母親の本能だと決めつけたくはなかった。特に今は。

 頑丈な鎖の中に縛り付けていた夢――妊娠した時、絵里奈は大手出版社で連載の準備をしている最中だった。苦渋の決断の末に諦め、辿りついた幸せな現在地。今は居心地の悪さを感じながらも必死で踏ん張っている。

 ――私だって、描きたいのに。

 鍵が解かれたように、溢れ出る本音が抑えきれなくなっていた。

彼が現れなければいい…飲み会に潜入

 子供を寝かしつけたあと、冷蔵庫の前に貼ってある彼のシフト表を見た。今日も16時から仕事だった。終わりは翌9時。

 疑いを持ちながら、“先生”のSNSを再び覗く。

「…」

 その日の夕方、拓郎を“仕事に”送り出したあと、絵里奈は久々に子供を連れて、東急裏に繰り出すことにした。

 吉祥寺の東急裏はどちらかというと、街の中でも感度の高い若者が多いエリアだ。そのせいか、子供が生まれてからはほとんど近づいていない。用事は狭い範囲でコトが済む駅周辺やサンロードで一気に済ませられるからだ。

 絵里奈はその中にあるエキゾチックな匂いのするアジア料理店に足を踏み入れた。

 “先生”のSNSのやりとりを解析したところによると、どうやら今日この場所で拓郎が参加予定の飲み会が開かれるようなのだ。

 こんなおしゃれな店は久しぶりだった。

 吉祥寺は、夢溢れる若者と、日常を生きるファミリーが交差する街だ。それだけに、今風のアジアンダイニングでありながらもキッズメニューがある子供OKな店だったことが幸いだ。

 会をぶち壊してやろう、そんなことは思っていない。ただ単に体が動いた。

 ここにSNSの約束通り、彼が現れなければそれでいい。きっと、あの漫画もアカウントも何かの見間違いだと言い聞かせられるから。

 本当に、本当にそれだけで。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


子ども同士のLINEにもドラマが!将来の夢はスパイに忍者…ピュアな感じがたまらん
 最近では、小学生でもスマホを持っている子が増えていますよね。連絡ツールとして友達とLINEを使いこなし、時代は変わった...
女はお嫁さん要員? 年収800万でも「行き遅れ」と見下される田舎の地獄
 西新宿の高層ビル内にある大手食品会社のデザイン室に勤務し、初台に暮らす咲子。実家とはほぼ縁を切ってはいるものの、悠々自...
毒親の介護をしたくない 実家から逃げた女が「決別」のため払った金額は
 西新宿のビル内にある大手食品会社のデザイン室に勤務し、初台に暮らす咲子。実家とはほぼ縁を切ってはいるものの、おひとりさ...
田舎を捨てた「独身女」は不幸ですか 絶縁した家族が来て…今さら何の用?
 いまだ残暑が残る9月の初め。月曜日のAM7:30。  すでに汗ばむ陽気に包まれながら、西村咲子は新宿西口の高層ビ...
職場で飛び交う「大人のちくちく言葉」4選。無意識に同僚・後輩のモチベを下げてない?
 人の気持ちを不快にさせる、ちくちく言葉。子どものちくちく言葉は「アホ」「バカ」「マヌケ」などストレートですが、大人にな...
“たまたま”に見覚えあり!尾道市立美術館の「ケンちゃん」ではないかぃ?
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
大優勝!秋から元気な“開運最強”花5選。一輪挿しでも存在感たっぷりで映える1本を紹介
 台風10号の遠隔豪雨は、神奈川にあります猫店長「さぶ」率いる我がお花屋にも様々な影響を及ぼしました。大雨を睨みなが...
みんなどうしてる? 大地震の経験者が語る我が家のリアルな地震対策7選
 南海トラフ地震の危機感が高まる中、「我が家も地震対策を見直さないと」と思っている人は増えているようです。ただ、実際に被...
バツイチ女一匹「昭和の意地」を捨てたおじさまから商店会会長を任されましたよ…!
 前回、ポンコツ商店会再起動という渦に巻き込まれた私。とりあえず、様々な問題解決のため、床屋さんと元酒屋さんとの密なミー...
猫飼う40独女が準備する「防災グッズ」元カレのアレと被災した親の経験談が沁みる…
 9月1日は「防災の日」でした。地震や台風などに対する不安が高まっている今、災害に備えていますか? 私は、しなきゃしなき...
40代“子育て女”キャリア再形成に苦戦中。専業主婦→パートを経たその先のハードルが高すぎる
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方などをテーマにブログやコラムを執筆している豆木メイです。  最近、フ...
簡単!秋におすすめのアロマと桃尻・股関節・ふくらはぎ・内ももの鍛え方【調香師がチャート別に解説】
 適度な運動で汗をかくと健康になるのはもちろん、達成感で幸福ホルモンが刺激され、心や肌にも潤いを与えます。今回は、フェロ...
祝“たまたま”2nd写真集発売!「神表紙」の魅惑ポーズの裏側に迫る
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
水の中の緑のカーテン
 水底に沈んで  上を見上げているつもりになって  涼んでみる
「阿婆擦れ」は“当て字”。もともと男性にも使われていた
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
目指すは我が家でホムパ! プ~ンと漂う家の臭いの根源と3つのテッパン対処法
 自分の家の玄関を開けてふわっと嫌な臭いがした時、本当に凹みますよね。  わが家の臭いには、慣れてしまいがち。他人に気...