【新宿の女・西村咲子38歳 #3】
西新宿のビル内にある大手食品会社のデザイン室に勤務し、初台に暮らす咲子。実家とはほぼ縁を切ってはいるものの、おひとりさまを満喫している。そんなとき、突然弟・将平が目の前にやってくる。彼は咲子を都会で失敗をした寂しい独身女性扱いをし…。【前回はこちら】【初回はこちら】
◇ ◇ ◇
玄関ドアの奥から、しばらく怒声が聴こえていたが、5分も経過すると自ずとそれは止み、平和な夜が再び訪れた。
「さて…」
咲子は冷蔵庫に隠しておいた、海鮮丼やザンギ、そしてサッポロクラシックをさっそくテーブルの上に並べた。
訪れた平穏な時間。忘れ物の中身は?
見た目にも鮮やかなサーモンやいくら、ウニにマグロ。食欲をそそる温めなおしたザンギの匂い。これらは、全て咲子のもの。自分が汗水たらして手に入れたご褒美ディナー、しめて4000円だ。
危うく将平に出してしまう所だった。もしそうしていたら、彼は文句を言いながらも平らげたであろう。
「おいしい…有休もあるし、今度の連休は北海道に一人旅するのもいいな」
そのままスマホで旅行予約サイトを見てみる。人気の洞爺湖畔のリゾートもシーズンオフのせいか、余裕で空きがあった。
「おひとりさまプランは宿泊費だけで5万…まあ、ボーナス使えば何とかなるか」
咲子は会社のスケジュールを確認した上で、予約することを心に決める。
食べたいもの、行きたい場所は山ほどある。胸を膨らませ、脳裏で旅程を練っていると、部屋の片隅に見慣れぬ大きな封筒が置いてあることに気づいた。
――ん?
手に取ると、それは大手ベッドメーカーのロゴが入った封筒だった。
「介護用品のパンフレット」に驚く
将平が忘れて行ったものだと思うと、途端に気分が重くなる。実家にはもう、郵便物を送りつけることでさえもしたくなかった。
ただ、それは彼が勝手に忘れていったものだ。仕事の重要な書類であろうが、わざわざ返す義理はないことに気づく。
明日は資源ごみの日。この呪物をさっさと処分しようと、分別のために封筒の中に入っていたものを全て出した。
だが、それらを見て、咲子は目を見開いた。
「…電動ベッド? リフォーム?」
封筒の中に入っていたのは、介護用品のパンフレットの数々だった。どうやら、有明の大型展示場で介護用品などの展示会が行われており、将平はそれに参加していたようだ。
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