彼氏に発行したスタンプカード。ラーメン一杯無料が先か、ガチギレが先か。

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2024-08-31 15:14
投稿日:2024-08-31 06:00

スタンプカードの集め方

 スタンプが押される時、それはたとえば朝食。普段はその辺にある菓子を口に入れるか、スタバで甘いものを飲むだけである。しかし、家に泊まった彼氏が手作りの朝食を期待しているだろうことは、手に取るようにわかる。

 まあ料理は得意だから、作ってあげることもやぶさかではない。なんなら、そんなつもりでクロワッサンを2個買っておいた。

 私は人を喜ばせることが好きなのではなく、何をして欲しいか、何を言って欲しいかがわかってしまうので、つい条件反射で対応してしまうだけなのである。

 特別やさしいわけでも、気配り上手なわけでもない。

『午後の紅茶』がいいと言い出す、1個

 クロワッサンをトースターに突っ込んで、フライパンでソーセージを炒めて、千切りにしたキャベツをカレー粉マヨであえて、有機栽培のトマトをスライスして、さあ美しく挟みましょう…と思ったらクロワッサンが焦げている。

 キッチンに顔を出した彼氏が「あーあ」と一言。スタンプ1個。グラスに氷を入れて、一晩かけて水出しした緑茶を注ぎ、トレイにセットして運んだ。さあいただきます。

 しかし彼氏は『午後の紅茶』がいいと言う。氷を入れたグラスごとひっくり返して、ペットボトルから注ぐ。スタンプ1個。口を開けて待つ彼氏に、クロワッサンサンドを掴んで、食べさせてやる。ツバメのお子さんか。スタンプ3個。

 咀嚼しながらスマホで『ポケモンGO』を始める。料理人が見たら絶対イラッとするやつ。スタンプ1個。おいしいです、となぜ言わない。スタンプ1個。怒りで手がワナワナしながら食器を洗ったら、手が滑って皿が割れた。スタンプ1個。

 もはや直接的な不満ではなくても、スタンプは押されていく。

カードが一杯になり、ツモった瞬間…

 外は暑くても、面の皮も厚いため、一見いつも通りの涼しい笑顔で街を歩く。それにしても今年の夏は暑い。彼氏が習慣的に私の手を取る。にゅる。手汗すご。

 冷え性で冷たい私の手を冷えピタ代わりにしないで欲しい。スタンプ1個。もうすぐ満杯になる。そこでふと、彼氏が手を離した。ふう、助かった。

 しかし次の瞬間、その手のひらをズボンで拭いたのである。さも人の手汗がすごくて嫌みたいな感じだが、それ99%あなたの手汗だよ! そこでカードが一杯になりました。

 こうして私は(相手にとっては唐突に)ぶち切れる。そしてにっこり笑ってこう言うのだ。

「なんか私、手汗すごくてごめんね」

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


「ただで済むと思うなよ」にゾッ! 距離を置きたくなるママ友の怖い言動
 今回は、距離を置きたくなった“ママ友の怖い言動”をピックアップしました。明るいママ友だと思っていたのに裏があったり、嫌...
タイプロ候補生で話題に…“歯ブラシ1時間”は有意義か?【歯科医監修】40代女性「正しい歯磨き」の方法
 彼女の名は、えりの。女性の心を癒すためにはじめたサロン「コクハク」のオーナーで、界隈では「えりのボス」の愛称で知られ、...
「ミルキー味の胡麻どうふ」はおやつかおかずか。誤解が生んだ美味コラボ、無限の可能性に震える!
 もっちり食感と香ばしさが魅力の胡麻どうふ。何となくとっつきにくい食材だと思っていませんか? 個人的にはちょっといい和食...
40代、このままでいいの? アラフォー女性が抱える漠然とした5つの不安
 40代になって「このままでいいの?」と悩みを抱える女性は少なくない様子。すでにプレ更年期に突入している30代後半の女性...
猫島の特設ステージにようこそ! “たまたま”の華麗な見返りに惚れぼれ
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
雑草対策にもなるよ! ほっぽらかし園芸の超絶おすすめ草花は?【春植え付け編】
 猫店長「さぶ」率いる我がお花屋の仕事には、歩道や公園の脇に造成された花壇への草花納入もあります。その中には近隣も含まれ...
性悪“ルッキズム女子”嫌われる人あるある6選。見た目も大事だけど心がズキズキする…
 最近何かと話題になる「ルッキズム」。近年、美容医療が芸能人だけでなく一般の女性にとっても身近な存在になったせいなのか、...
渋谷はちょっと苦手になった更年期おばさん。着実に老化現象が進む予感!
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
自称・丁寧な暮らし派のいい嫁アピールLINE6連発!梅仕事に針仕事、新聞に毎朝アイロンがけまで…
 SNSを覗いてみると、「丁寧なくらしをする私はいい嫁アピール」が激しい投稿をよく見かけます。  そりゃあ、日々の生活...
Amazonで☆4つの高評価!「激落ちくん」お手軽価格&耐久性バツグンの神モップ“唯一”の弱点は?
 話題のコスメや、広告でよく見かける化粧品や日用品。「webでよく見るあの商品、本当にイイの?」「買ってみたいけれど、口...
気高きプリンスが降臨! 黒豹“たまたま”のお手入れは今日も完璧
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
とある路地裏で
 路地裏に立ち、しばらく観ていると、何かの絵に見えてくる気がする。
【女偏漢字探し】「性」の中に隠れた一文字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
子なし夫婦はつらいだけ? 子どもを産まない理由と5つの決断
「DINKs」という言葉があるように、「子どもを産まない」ということが近年では夫婦の選択肢の一つとして普通になってきまし...
フジ第三者委は1950件超の“証拠のやり取り”復元を成功!「デジタルフォレンジック」費用や要注意事項は?
 元タレントの中居正広氏(52)とフジテレビの元女性アナウンサーのトラブルによる一連の問題で、同局は3月31日、第三者委...
あの「信頼してるよ」は嘘、本当どっち? 本音を見分けるひとつの方法
 大人のみなさんはそれぞれ行きつけのお店があると思いますが、そのお店での立ち位置が気になったことってないですか? ...