下世話な仕事がバレた? 夫や息子の「意外な反応」で主婦が気づいたこと

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-10-12 06:00
投稿日:2024-10-12 06:00

【大崎の女・石塚 華34歳 #3】

 大崎の高層マンションに暮らす華は、テレビ局に勤める夫・大輔と二人の子供に囲まれ悠々自適な専業主婦生活を送っている。毎日テレビとネット三昧で暮らしているが、その正体は下世話な記事を書くライター。だが、同級生が本格派の小説家として評価を受けていることを知り…。【前回はこちら】【初回はこちら

 ◇  ◇  ◇

『喫茶・ふきだまり』

 ここは、学生時代の私のお気に入りの場所だった。

 スペシャルティコーヒーに目覚めたのも、たまたま入ったこの店がきっかけ。ゼミの担当教授に作品を酷評され、何もかも投げ出したくなった時にいつも引き寄せられていた。

 老舗の名店で長年修業したマスターが丹念に淹れた珈琲のキリリとした苦みは、学生時代の緩んだ私の心を引き締め、いつも前を向く力を与えてくれた。

 焙煎所を兼ねたその店は、卒業後しばらく遠ざかっているが、いまだに誰にも場所を教えたくない隠れ家だ。

 豆の選別から、焙煎、熟成、カップのデザインに至るまで、じっくり丁寧にコーヒーに向き合っているマスターの味をまた口にすれば、今の自分を見つめ直すことができるかもしれない…。

 タクシーから降りた私は一直線に店に向かい、一歩踏み出した。

好きだった珈琲店は変わってしまった

 戦後まもなく建てられたという倉庫を改造した、ツタが絡まる建物。見上げるだけで、あの頃のまっすぐな気持ちに戻ったような気分になる。

 多少小ぎれいになった気がするが、そこだけ時間がとまったような雰囲気を醸し出していた。

「いらっしゃいませ。ご予約は」

 重い扉を開けるなり、白いシャツにネクタイを合わせた男性店員に尋ねられた。

「いえ」と首を振ると、当然のように店員は答えた。

「申し訳ございません。当店は予約のみでございます」

「――え」

 聞けば、空間と品質の維持のため、3年ほど前から予約制になったという。店員の身なりもいつの間にか洗練されており、内装は今風になっていた。

 どうやら口コミとメディア露出で評判となり、今では海外からもお客様が尋ねてくる有名店となっているそう。飛び込みは不可。カフェタイムは2カ月先まで予約で埋まっているとのことだ。

私は「コンビニのコーヒー」みたいだ

「…わかりました」

 いいものは、必ず誰かに見つけられる。

 嬉しいような寂しいような感傷に打ちひしがれながら、私は素直にその場を後にした。

 ――何やっているんだろう。私。

 自分に問う。答えは出ない。

 手持ち無沙汰な心の余白を埋めるべく、近くにあったコンビニに寄る。

 ビターな想像で充満していた口内をごまかすべく、110円のドリップコーヒーをPayPayで購入した。

 値段相応のコクある味わいで相応に落ち着いて、大人しく帰路につく。だけど、タクシーの中で紙カップを傾けながら思う。

 結局、自分は、自分の書くものは、このインスタントのコーヒーなのだと。

 その情けなさに胸が詰まった。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


『あんぱん』の方言、実際どう? 高知県民からの評価を聞いた。「あの俳優の声質と土佐弁が相性抜群」
 現在NHKにて絶賛放送中の連続テレビ小説「あんぱん」。今田美桜が演じる主人公・のぶと北村拓海演じる嵩の二人が、どのよう...
ジメジメ湿度が憎たらしい! 梅雨の「嫌~な思い出」エピソード集。白いスカートが一瞬でビシャッ
 毎年ゆううつな、ジメジメとした梅雨の季節。髪はうねるし、メイクは崩れるし、傘があっても結局びしょ濡れ…なんてこと、あり...
休日がない(涙)私のストレス発散法。祝日ゼロな“魔の6月”はこう乗り越えた!
 祝日がない6月を乗り切った同士の皆さま、お疲れ様です! ただ、残念なことに7月と8月の祝日もたった1日だけ(涙)。休み...
お兄ニャン、そんな無防備スタイルで大丈夫? “たまたま”を心配する妹猫の優しさにキュン♡
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
ゲフッ…炭酸でむせるのは“老い”のせいか。ついに来た「更年期の地雷」はそこかしこに。麺のむせはどうする?
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
世話めんどくせっ!ズボラでも枯らさない「タフネス植物」たち。NASAが認めたスタイリッシュなツワモノも
 猫店長「さぶ」率いる我が愛すべきお花屋さんに今年も恐怖の季節がやってまいりました。  いやはや最近の日本の夏は、...
「社会人としての責任ですよー」休日に勘弁して! 私が“退職”を決意したLINE3つ
 仕事を辞めるのにはさまざまな理由がありますが、中には「あるLINEがきっかけで退職を決めた」なんて人もいるようです。い...
夫がイクメン=家庭円満とは限らない。妻でも母でもない“私”を取り戻すのは悪いこと?
「おしゃれは自分のため」と言いつつも、パートナーから「きれいだね」なんて一言があれば、それだけで1日中気分がよくなるもの...
「大阪万博」開幕から2カ月、どうなった? 変化した5つの常識。インパク、わんぱく…ファン専門用語も解説
 4月13日に大阪・夢洲で開幕し、連日にぎわいを見せている大阪・関西万博。累計入場者数も900万人を突破し(6月23日現...
美猫が勢ぞろい! 天才モデルに令和の王者まで♡ 癒しの“にゃんたま”の9連発
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 2025年6月にご紹介したもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかし...
記憶から消えていく…加工アプリを使わずに撮った、本当の顔
 踊り子として全国各地の舞台に立つ新井見枝香さんの“こじらせ”エッセーです。いつでも、いついつまでも何かしら悩みは尽きな...
にゃんたま族はヒモが好き。誘惑に吸い寄せられて…この通り!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
【動物&飼い主ほっこり漫画】第99回「気分転換も必要ニャン」
【連載第99回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
「スメハラ」ですよ! 香水に“マナー”があるの知ってる? ビジネス、プライベート別の付け方をおさらい
 上手く使えば人の心を鷲掴みにできるアイテム、香水。香りは人の記憶に強く残るので、相手に自分の印象を残したいときに役立ち...
イタタ…妻が困る「非常識」夫のトンデモLINE3選。「挨拶するわけないやろw」ってどの口が?
 恋は盲目。“彼氏”のときは見えなかったけど、“夫”になったら気になりまくる非常識なパートナーに頭を抱えている女性もいる...
【女偏の漢字クイズ】「妻、委、要、妾、姿」の中の仲間外れはどれだ?(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...