カウンターで鮨をつまむ「あの女」って…
男はその日のお手当をカウンターの下で手渡ししながらつぶやいた。当たり前のように晴乃は受け取り、今年二度目の誕生日祝いとして受け取ったカプシーヌに雑に詰め込んだ。
「あっという間だから、大事にしてるんです」
「大事ねえ…使い時を見極めないと」
男は、晴乃のタイトスカートの上で指先を遊ばせながら酒臭い吐息を吹きかける。能面の微笑で晴乃はごきげんに応えた。
「ご教授、ありがとうございます~」
「固いなあ。間違うと、ああいうオンナになっちゃうよ」
彼はカウンターの隅でひとりきり鮨をつまむ女性に視線を投げた。
薄暗い中、スポットライトが当たったような照明がやたらと目の下のたるみとひとりの存在感を浮かび上がらせている。
晴乃はその女に見とれ、頷くことはできなかった。
――あれ、あの人…?
ふと、女に特別な気配を感じた。
やっぱりバレていた「ええと、あれは」
数日後。
閉店後の片づけをしていた晴乃は、ふたりだけになったタイミングで、友梨佳から突然話しかけられた。
「山本さん、あの鮨屋どうだった?」
薄暗い死角にいたため、バレていないと思っていたが、やはり存在は認識されていたようだ。
「イマイチじゃなかった? 知り合いの店だし、ご祝儀代わりに伺ったけど」
「あ…ええと、あれは」
「いいのよ、仕事さえちゃんとしてくれれば」
友梨佳は、うろたえる晴乃をフォローするように告げた。
友梨佳のまっすぐな視線に胸が痛む
責めているわけでないことは表情でわかる。純粋な日常会話のひとつのはず。まひな曰く、彼女もそんな過去があるということなのだから。
ただ、自然と謝罪の言葉が出てしまう。
「すみません…」
「なんで謝るの?」
その通りだ。晴乃は誰に対して謝っているのかわからなかった。
もしかしたら、自分の中で迷いや後ろめたさがあるのかもしれない。尊敬している人に言われて思い知る。
そんな気持ちがあるくらいなら、パパ活など手を出す資格はないのかも――迷いながら顔を上げた時、そこには友梨佳のまっすぐな視線があった。
「いいの。堂々としなさい。将来、正当化できる自分になっていれば結果OKなんだから」
ドクン、と胸が波打つ。
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