【新川崎の女・鈴木 真央41歳 #1】
かつて京浜工業地帯を支えた巨大な貨物列車ターミナルだった新川崎は、今や「品川から3駅に住まう」などというまやかしのような呪文でファミリー層がおびき寄せられる新しい街に変貌している。
――結局、住まう、ってなんだろうな。すまう、って…。
鈴木真央もそのうちのひとり。
電機メーカー勤務の夫・文敏と、小学3年生の息子・武、幼稚園年中の娘・凛の家族4人で5年ほど前、この大規模分譲マンション群“ゴールデンブリリアントタウン新川崎”に引っ越してきた。
東京ドームの広さをゆうに超える敷地に存在する整理された街並み。真央は敷地の中心にあるカフェラウンジにひとり座り、ひとつため息をつく。
真央がため息をつく理由
独身時代、平塚の実家に帰る時、車窓からぼんやり眺めていた広大な空き地に自分が暮らすことになるとは思ってもみなかった。
まだらな木漏れ日のトンネルを老夫婦が歩いている。ママさん達の明るいお喋りで賑わう光景の中に、時折自分を見失う。
「お待たせ、鈴木さん」
何人かのママ友がニコニコしながら真央の元にやってきた。実はこれから、マンションの共用ルームでカラオケ大会をする予定なのだ。
「新川崎のあゆ」にゾワッ
真央はルームに入るなりデンモクを手に取り、十八番の浜崎あゆみを入れた。
歌うはSEASONS。誰もが知る曲のため、景気づけにいつもこの曲をトップで熱唱している。
「さすが、凛ちゃんママ。新川崎のあゆは違いますねー」
マイクを置いた真央に、ママ友のひとりが華やかな甲高さで言う。褒められているのに、自分としては不本意な形容に肌がぞわぞわした。
「やめてよ、あゆに失礼だって~」
「でもすごく心こもっていてうまいんですもん。世代ですからね!」
真央はこのママ友グループの中で少しだけ年上だからか、ボスママのような扱いを受けている。慕ってくれるのは嬉しいのだが…。
「じゃあ、あゆの次は私、aiko歌います」
「aiko、私も好きー」
「次、ミスチル歌ってもいい?」
隣のママさんに渡したマイクから聞こえる2曲目はaiko、Mr.children、次は嵐、AKB48、EXILEと続く。
時代の王道ソングに身体を揺らしながら、真央はまた自分を見失った。
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