想定外のひとり旅。「クリスマスに仕事がない」って恥ずかしいこと?

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2025-01-25 06:00
投稿日:2025-01-25 06:00
 踊り子として全国各地の舞台に立つ新井見枝香さんの“こじらせ”エッセーです。いつでも、いついつまでも何かしら悩みは尽きないし、しんどいことだらけの日常ですが、生きていく強さを身に付けるヒントを共有できたらいいなという願いを込めまして――。

年末年始、私はちょっと傷付いていた

 年末年始にストリップの仕事がなかった私は、ふと思い立ってひとり旅をした。仕事以外の旅行は久しぶりのことである。

 23日の早朝に高速バスで長野の温泉地へ向かったのは、クリスマスに浮かれた都内から逃げ出したかったのかもしれない。私はちょっと傷付いていたのだ。

 クリスマスの時期にステージに立てないなんて、一応プロのエンターテイナーとしてどうなの? と。まるで紅白にもレコ大にも呼ばれなかった歌手みたいだ。


【こちらもどうぞ】電マの営業からラブホの清掃員へ…羞恥心とも戦うストリッパーが思うこと

雪化粧した街の景色も露天風呂も独り占め

 最安値で予約できたホテルはクリスマスらしい飾りつけもなく、青い絨毯のロビーにも、その奥に見えるラウンジにも、人の気配はなかった。立っていてもすることがないのか、フロントにも人がいない。

 ベルを控えめにチンと鳴らし、チェックインを済ませる。丘の上に立つホテルの窓から、雪化粧をした小さな街が見渡せた。露天風呂の熱い湯は、私だけのためにこんこんと湧き続ける。

 やがて雪が本格的に降り始め、館内の静けさが増した。こんなところまで来て、マライア・キャリーなんか聴きたくない。

 今頃ストリップ劇場では、かわいいサンタたちが定番のクリスマス曲で踊っていることだろう。トナカイにさえなれなかった私は、劇場のない温泉街にいる。

夕食の広い会場に“殿様”だけの膳

 夕食の広い会場には、私だけの膳が用意され、ビュッフェ台の味噌汁やカレーの大鍋が、私のために湯気を立てている。壁際に並ぶ大量の酒瓶は、全て飲み放題らしい。

 わしは殿様か。薄々気付いていたが、このホテルは今日、他に客がいない。つまりこのホテルはわしの城で、窓から見下ろしたのはわしの城下町。腹の底からふつふつと湧く殿様感で、椅子から浮かび上がりそうだった。

 殿は一番湯にたっぷり浸かったので、まず冷えたジョッキで生ビールを飲んだ。そして豪勢な夕餉とともに、地酒も地ワインも飲んだ。

 だって酔っぱらっても「御寝の間」はすぐそこ。エレベーターに乗り込む余力だけ残し、食事の間を後にする。オイルヒーターで温まった寝床で裸になり、殿は書を読みながら、だらしなく寝落ちした。

 この世は極楽太平なり。

洗いっぱなしの顔にノーブラで楽しむ朝餉

 空腹で目覚め、部屋着を羽織って朝食会場に行くと、また温かい朝餉が用意されていた。髷をほどいた落ち武者みたいな頭だが、ここでは仕事場みたいにコテで巻かなくてもいい。洗いっぱなしの顔に、ノーブラでいい。殿はまた大浴場に向かった。

 何の予定もないクリスマス、イヴの朝は快晴だった。

仕事はあってラッキー、なくてもラッキー

 クリスマスに仕事がないことで傷付くなんて、片腹痛いにも程がある。仕事をせずに、ひとりで過ごすほうがこんなに楽しいじゃないか。仕事があるのはありがたいことだ。しかしないことで傷付くのはおかしなことである。

 あってラッキー、なくてもラッキー。だってわしは、この人生の殿様だから。

「カーッカッカッカッ!」

 高笑いをしたら、湯気の向こうで白い猿が逃げて行った。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


「社会人としての責任ですよー」休日に勘弁して! 私が“退職”を決意したLINE3つ
 仕事を辞めるのにはさまざまな理由がありますが、中には「あるLINEがきっかけで退職を決めた」なんて人もいるようです。い...
夫がイクメン=家庭円満とは限らない。妻でも母でもない“私”を取り戻すのは悪いこと?
「おしゃれは自分のため」と言いつつも、パートナーから「きれいだね」なんて一言があれば、それだけで1日中気分がよくなるもの...
「大阪万博」開幕から2カ月、どうなった? 変化した5つの常識。インパク、わんぱく…ファン専門用語も解説
 4月13日に大阪・夢洲で開幕し、連日にぎわいを見せている大阪・関西万博。累計入場者数も900万人を突破し(6月23日現...
美猫が勢ぞろい! 天才モデルに令和の王者まで♡ 癒しの“にゃんたま”の9連発
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 2025年6月にご紹介したもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかし...
記憶から消えていく…加工アプリを使わずに撮った、本当の顔
 踊り子として全国各地の舞台に立つ新井見枝香さんの“こじらせ”エッセーです。いつでも、いついつまでも何かしら悩みは尽きな...
にゃんたま族はヒモが好き。誘惑に吸い寄せられて…この通り!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
【動物&飼い主ほっこり漫画】第99回「気分転換も必要ニャン」
【連載第99回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
「スメハラ」ですよ! 香水に“マナー”があるの知ってる? ビジネス、プライベート別の付け方をおさらい
 上手く使えば人の心を鷲掴みにできるアイテム、香水。香りは人の記憶に強く残るので、相手に自分の印象を残したいときに役立ち...
イタタ…妻が困る「非常識」夫のトンデモLINE3選。「挨拶するわけないやろw」ってどの口が?
 恋は盲目。“彼氏”のときは見えなかったけど、“夫”になったら気になりまくる非常識なパートナーに頭を抱えている女性もいる...
【女偏の漢字クイズ】「妻、委、要、妾、姿」の中の仲間外れはどれだ?(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
ドラマ『ひとりでしにたい』未婚・子なしは悪なのか? 独女が“人生の選択肢”を考えた結果、決めたこと
 アラフィフ独女ライターのmirae.です。50代になり、「老後」や「終活」といった言葉が、少しずつ現実味を帯びてきまし...
そこまでやる!? 節約ガチ勢の爆笑テクニック「焼肉の匂いはご馳走です」夫の節約はどう操縦する?
 少しでも生活を楽にしようと節約に挑戦している人はたくさんいるはず。独特な節約方法を編み出した強者もいるようです。 ...
夜職の沼…ホステスが“出戻る”ふたつの理由。まずはお金、もうひとつは?
 スナックというものに関わりはじめて十数年。働く側としてもお客さん側としても、いろんなことを知り、経験してきて、やっぱり...
も~鬱陶しいなあ! なぜか“鼻につく”人の8つの特徴。否定から入られると不快なんです
 あなたが「鬱陶しいわ」「なんかイライラする」と鼻につくのはどんな人ですか? きっとさまざまな意見が飛び交うでしょう。 ...
優しさのつもりが…「ホワイトハラスメント」に要注意! 部下のやる気と成長機会を奪っているかも
 セクハラ、モラハラ、カスハラ、マタハラ…。ハラスメントに厳しい昨今、次々と「これはハラスメントだ」といわれることが増え...
令和の王者・にゃん太郎の“たまたま”、この雄姿を見れるのは今だけ! 去勢避妊手術が始まる
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...