映画「国宝」ヒットの背景…古典芸能を扱いながら幅広い観客の心を掴む

更新日:2025-07-10 17:03
投稿日:2025-07-10 17:00

 吉田修一の小説を李相日監督が映画化した「国宝」が大ヒットしている。侠客の息子・喜久雄(吉沢亮)と、役者としての彼の才能を見抜いて引き取った、上方歌舞伎の重鎮・花井半二郎(渡辺謙)の息子・俊介(横浜流星)が、切磋琢磨して芸の道を究めていくこの歌舞伎役者映画が、なぜこれほど人気を集めているのだろうか?

 現存する日本人が撮影した最古の記録映画は、9代目・市川團十郎と5代目・尾上菊五郎が演じた「紅葉狩」(1899年)で、映画と歌舞伎の関係性は古い。初期の映画界は、血筋を重んじる歌舞伎界では名題の役者になれない歌舞伎役者を迎え入れ、彼らを時代劇のスターにすることで隆盛を極めていった。無声映画期に1000本の映画に主演した尾上松之助に始まり、戦後の市川雷蔵や中村錦之助(萬屋錦之介)まで、歌舞伎界から映画界入りしたスターは多い。ただ初期の歌舞伎の演目を映像でなぞらえたものから、映画は独自の映像表現をするメディアへと変化し、映画で歌舞伎そのものを見せることは少なかった。役者の芸で見せる歌舞伎と、カッティング処理した映像で人物の心情や物語を語る映画は表現の仕方が違う。そういう意味で「国宝」のように歌舞伎の演目を見せ場にしながら、役者の人生を描いた映画はまれである。

「国宝」の魅力は吉沢亮と横浜流星が、徐々に深度が増していく歌舞伎役者としての芸に説得力があり、さらに映画俳優としても芸のためなら悪魔に魂を売ってもいいというほど、芸道を突き詰めるキャラクターを演技で表現できていることだ。通常、ベースとなる歌舞伎役者の部分をクリアするのが技術的に難関だが、2人はその壁を飛び越えてみせた。その芸と演技に魅せられた人は多いだろう。

“荒事”を得意とする江戸歌舞伎と“和事”の世界の上方歌舞伎

 次にこれが上方歌舞伎の世界を描いていることも、成功の要因だ。江戸歌舞伎は武士や鬼神を荒々しく演じる“荒事”を得意とするが、上方歌舞伎は女性的な動きで恋愛描写をする“和事”の世界。喜久雄も俊介も女形役者で、彼らの美しさを強調した映像も大きな魅力。しかも歌舞伎の演目全体を映像に収める「シネマ歌舞伎」とは違って、ここでは喜久雄と俊介の演目に懸ける思いが、映像と一体になっている。演目全体の中から演者としての彼らが最も美しく見える瞬間、一番感情が乗った動きにカメラは寄っていき、観客が見たい映像を見せてくれる。これはチュニジア人のソフィアン・エル・ファニをカメラマンに起用したこともポイントだ。

 かつてダニエル・シュミット監督が坂東玉三郎を捉えたドキュメンタリー映画「書かれた顔」(1995年)でスイス人の名カメラマン、レナート・ベルタを起用し、踊りの美を強調して玉三郎の「藤娘」などを写し撮ったことがあったが、海外の人にもわかる歌舞伎の美の瞬間が、この映画にも収められている。翻って言えば、その映像は歌舞伎に関して素人の日本の観客たちにも十分アピールするものになっている。

130年近い時を経て溶け合った歌舞伎と映画

 またこれは喜久雄が15歳の時から約半世紀を描いているが、その時代背景の大部を占めるのが昭和の時代。芸を究めるためなら、喜久雄にとっても俊介にとっても、女性たちは人生の踏み台になって消えていく存在だ。見上愛や高畑充希、森七菜が演じる女性たちの悲しみや切なさの描写を最小限に絞って、喜久雄と俊介の関係性にフォーカスした物語の構成が、今の時代にこの作品を成立させる上で好ジャッジだったと言える。

 2人の役者を取り巻く男女間のドロドロとしたリアルにまで手をつけたら、ここまで胸に響く歌舞伎役者の芸道映画にはならなかっただろう。演じた俳優の芸と演技、外国人カメラマンの見たいものを見せる映像、そして監督の見事な物語構成。これらが一体となって「国宝」は古典芸能を扱いながら、幅広い観客の心をつかむものになった。最初の出会いから130年近い時を経て、ようやく歌舞伎と映画は一つに溶け合った作品を生み出したのである。

(映画ライター・金澤誠)

  ◇  ◇  ◇

 年の初めの「泥酔騒動」がウソのようだ。関連記事【もっと読む】映画「国宝」大ヒットの吉沢亮“泥酔トラブル”乗り越えた今の生活…インドア&断酒続行中…では、吉沢亮の現在のストイックな生活ぶりについて伝えている。

エンタメ 新着一覧


「ニャニャニャニャニャ」寅子の必殺技!いずれ強い虎になる“伏線”か?
 判決の日。寅子(伊藤沙莉)たちの予想は外れ、妻が着物を取り戻すことが認められる。大喜びする女子部の面々だったが、よね(...
桧山珠美 2024-04-12 18:20 エンタメ
不祥事芸人・フジモンの賛否両論の復帰劇!実は吉本への貢献度が抜群?
 昨年10月に当て逃げ事故を起こして活動自粛していたフジモンことFUJIWARA・藤本敏史が、3月23日放送の『さんまの...
堺屋大地 2024-04-12 06:00 エンタメ
寅子「あきらめたらそこで終わり」はもしや…名作漫画のイズムにニヤリ
 傍聴した裁判について尋ねた寅子(伊藤沙莉)に対し、穂高(小林薫)は皆で議論してみるよう促す。  暴力を振るう夫か...
桧山珠美 2024-04-11 15:25 エンタメ
トラコ入学、伊藤沙莉は表情筋を自由に操る女優…男装の山田よねにも注目
 昭和7年。晴れて「明律大学女子部法科」に入学した寅子(伊藤沙莉)のクラスには女子の憧れの的の華族令嬢・桜川涼子(桜井ユ...
桧山珠美 2024-04-08 18:38 エンタメ
“お騒がせ”青井実アナが心機一転、なにわ男子の道枝駿佑と似てるって⁉
 世の中の人がNHKに持つイメージといいますと、「真面目」「お堅い」「地味」といったところでしょうか。  そんな中...
逃げ恥の百合ちゃん役が“頭のいい女は頭の悪いふりをするしかない”発言
 穂高(小林薫)に出くわしたことで女子部への出願が母・はる(石田ゆり子)にばれてしまった寅子(伊藤沙莉)。  娘に...
桧山珠美 2024-04-05 15:30 エンタメ
「虎に翼」語りは尾野真千子 NHKアナと俳優のナレーションの違いは?
 寅子(伊藤沙莉)がお見合いに苦戦する中、親友の花江(森田望智)は寅子の兄・直道(上川周作)との結婚準備を順調に進めてい...
桧山珠美 2024-04-05 15:14 エンタメ
「虎に翼」シン・朝ドラの予感!わずか1話、たった15分で心つかんだ描写
 昭和6年・東京。女学校に通う猪爪寅子(伊藤沙莉)は父・直言(岡部たかし)、母・はる(石田ゆり子)から次々とお見合いを勧...
桧山珠美 2024-04-01 22:28 エンタメ
僥倖!世界に挑む赤西仁ほど「サムライマック」のCM向きな俳優はいない
 マクドナルドのCMにイケメンあり!  そんな声をちらほら耳にするようになりました。たとえば4月2日から全国放送さ...
平野らTOBEがドーム公演大成功の一方、暗雲立ち込める旧ジャニの逆転は
 3月14日から17日にかけて、滝沢秀明氏創設のTOBE所属アーティストによる東京ドーム公演「to HEROes ~TO...
こじらぶ 2024-03-30 06:00 エンタメ
ブギウギ最終回、水を差すようでスンマセン! 残念すぎる4つの演出と描写
 スズ子(趣里)のさよならコンサートが始まる。客席には懐かしい多くの面々がかけつけている。茨田りつ子(菊地凛子)、愛子(...
桧山珠美 2024-03-30 11:41 エンタメ
スズ子引退会見、“天敵の文屋”鮫島の「シャッポを脱ぐ」演出を読む
 歌手・福来スズ子(趣里)の引退会見の当日。スズ子は結局、羽鳥善一(草彅剛)とは話ができないまま会見に臨むことになってし...
桧山珠美 2024-03-27 14:30 エンタメ
超鈍感力! 羽鳥の絶縁宣言を屁とも思わないスズ子とタケシは似た者同士
 歌手引退――。スズ子(趣里)はその決断を、愛子(このか)や大野(木野花)に伝えた。  羽鳥善一(草彅剛)に絶縁す...
桧山珠美 2024-03-26 15:40 エンタメ
「GTOリバイバル」注目の新人イケメンは?松嶋菜々子は本当に出るのか
 反町隆史主演「GTO」が26年ぶりに帰ってきます。反町演じる元ヤン教師・鬼塚英吉がさまざまな問題を解決する学園モノで、...
ドヤ顔のアユミとヘイヘイブギー歌唱シーン温存の理由がわかる回だった
 昭和31年、大みそか。第7回オールスター男女歌合戦当日。スズ子(趣里)は、楽しみに会場へと向かう。スズ子が楽屋で支度を...
桧山珠美 2024-03-22 14:30 エンタメ
最終回秒読み…スズ子はブレずにお人よし、NHKと沼袋勉の手腕いかに!?
 愛子(このか)は、翌日の体育の時間に足の早い転校生と競争することになっていた。しかし、勝てる見込みがなく、愛子は学校を...
桧山珠美 2024-03-21 16:07 エンタメ