高みにいられそうな「都落ち」を決断
綾乃は、耐えきれずすぐに『都落ち』を決断した。大手企業に勤めるサラリーマンの夫・孝憲を言いくるめ、家を売りに出した。立地の良さやご時世もあり、すぐに買い手がついたはよかったが…。
――本当は豊洲が良かったなぁ。
ただ、税金や諸費用を考えても、武蔵小杉のこの部屋であれば住み替えによって億を超える利益が得られることが大きかった。
そうすれば、娘を私立小学校に入れられる余裕ができる。しかも、神奈川は都内よりお受験に対する意識が低い。通学圏にある名門学校でも倍率が比較的低いことも魅力だった。
なにより、綾乃自身が高みにいられそうな場所であるのだ。
やっと見つけた自分の居場所だが…
引越しが決まり、ひとまず安心したのか、第2子を妊娠した。香那も駆け込みで大手のお受験塾に入れさせることができ、めでたく鎌倉にある私立小学校に合格した。
仕事も辞め、無事に男の子も産まれ、今は子育てに専念する悠々自適な日々である。
その日も綾乃は、下の子の赤ちゃん教室で出会った5人ほどのママ友を、マンション内のキッズラウンジに招待して交流を楽しんでいた。
「みなさん、これどうぞ。いただきもののクッキー」
綾乃はわざわざ予約して買いに行った赤坂の有名店・テーベッカライのクッキーを、涼しい顔で彼女たちに差し出した。
「これ、すごく有名なクッキーじゃないですか」
「奏太くんママって、もしかしてセレブ? お姉ちゃんも私立なんですよね」
尊敬のまなざしを向けるママ友に向けて、綾乃は口元に手を添え、隙間から白い歯を見せた。
「そんなことないって。普通のサラリーマン家庭だって」
謙遜ではなく、正直に告白する。このエリアの人たちは、タワマンに住んでいれど、庶民的な感覚を持つ人がかなり多く、その点は綾乃にとって居心地がよかった。
中の上。ボリュームゾーンよりも、少し上でいたい自分にとって、ちょうどいい――資産がある分、その中でも優越感を持って過ごすことができている。
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