「ただ、幸せに見られたいだけなのよ」
お開きになった後、三人はエレベーターホールで別れた。
彼女と藤堂さんは高層階用、綾乃は中継フロアで低層階用に向かう。
綾乃は藤堂さんをエントランスまで送るつもりだったが、その役目は真琴さんが引き受けてくれた。ふたりきりで話したいこともあるのだろうと、女子高生のように弾んでいる彼女たちの背中を見送った。
息苦しい。
明日から、真琴さん…いや、たっくんママと、どのような顔をすればいいのだろうか。目の前が真っ暗になった。
もう、背筋を伸ばして会うことはできない。真っ暗になった世界で、自分を見失っている。
――わたし、結局、何がしたいんだろう。
帰宅し、ゲストルームよりも一回り小さな自宅で現実の景色を眺めた。
ガラスの向こうの空に手を添えると、お気に入りのカルティエのタンクが目に入る。毎日腕につけているせいか、どこかビンテージの風味をまとっている。
――ただ、幸せに見られたいだけなのよ。
自分は、見上げられることで、心が落ち着くのだ。以前の場所は、それができないことに気づいたから、逃げて来た。
だけど…。
呆然と窓の外を眺めていると、インターホンのメロディが玄関から聞こえてきた。
迷った末に応答したその相手は、真琴さんだった。
私がセレブみたいにキラキラしてる…?
「先ほどは、ありがとうございました。お邪魔してごめんなさい」
彼女はお詫びの品を持ってきてくれた。「家族でよく食べる常備菓子」と、大師巻。煎餅を海苔で巻いた地元の銘菓だという。
「ユリとの再会も嬉しかったけど、個人的に奏太くんママ……いや、私、ずっと綾乃さんとお話ししたくて。でも、」
ゲストルームで、ずっと浮かない顔をしていた綾乃のことを気にかけていたという。大師巻を差し出しながら、丁重に彼女は頭を下げていた。
「気にしないでください。私そんな表情、暗かったですか?」
ただ、言葉を繕っただけだが、真琴さんは目を輝かせて顔をあげた。
「気にしちゃうって! 私、綾乃さんに嫌われたくないんです。憧れの存在なんで。いつもキラキラして、余裕があって……」
「……」
きっと、ゴマすりだろう――そう感じてしまう自分が悲しい。なぜなら、憧れられる自覚がないから。
そしてふと、綾乃は自分自身の中の矛盾に気づく。
――あれ、私、周りから見上げられたいんじゃなかった?
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