「SENSEKI」逼塞の蘭学者が失明を乗り越えて挑む国防のライフワーク

更新日:2025-09-13 17:03
投稿日:2025-09-13 17:00

【孤独のキネマ】

 『SENSEKI』
 9月13~19日 K's cinema新宿にて公開
 (10時~モーニングショー)

  ◇  ◇  ◇

 この映画を見て「人間、年を取っても活躍の場はあるものだな」と感じ入った。というより、老境とは長年の経験や知識をさらに伸長させる実りの時期なのだと感心させられたのだ。

 主人公は幕末、下総国古河藩(現茨城県古河市)の家老だった鷹見泉石(1785~1858年)。優れた蘭学者である。物語は彼が藩のお家騒動に口を挟んで主君から遠ざけられ、国元で隠居の身になった1946年に始まる。

 蛮社の獄(1839年)など不穏な雰囲気が沈滞する中、泉石(たかお鷹)のもとには佐久間象山や勝海舟など、国の行く末を案じる者たちが参集。外国事情と海防政策に通じた泉石の知識に傾聴する。

 その一方で泉石はライフワークともいえる地図の作成に一人黙々と努める。力を入れたのが蝦夷地の地図だった。朝から晩まで地図を描きつつ、学問の研鑽を励む泉石を不幸が襲った。視力が薄れ、盲目同然となったのだ。

 家族の協力のもとに治療にあたる泉石。「目を使い過ぎてはならない」という医師の忠告にもかかわらず、地図作りに邁進する。失明の恐怖を経て嘉永2(1849)年に蝦夷地の地図は完成。その4年後、ペリーの艦隊が来航して国内は緊張する。さらにロシアのプチャーチンも押し寄せる。そのロシアとの交渉に泉石の作った地図は大きな価値を持った。このように荒々しい幕末のうねりの中、泉石は紆余曲折の後半生を送るのだった。

胸に響く論語の一言

 泉石は当時の一流の知識人である。オランダ語、ドイツ語、ロシア語を学び、長崎のカピタンなどを通じて西洋、東洋の幅広い情報を収集。地図や書物など膨大な資料を集めた。カステラを自分で作り、コーヒーを入れて来客にふるまった。今風に言えばハイカラな通人である。

 その上で「愚意摘要」なる意見書をしたためた。そこに書いたのは、諸外国の圧力にさらされた日本の将来を左右する先見的な提言だった。

 主君の不興を買って隠居に追いやられたのが61歳の時。そこから73歳で死去するまでの12年間、泉石は逆境に甘んじることなく、常に日本の国際的状況を観察し、解決策を模索した。研ぎ澄まされた政治家の目と堅固な使命感を持っていたのである。

 60代後半の筆者はこの映画を見て、「俺も頑張らなきゃ」と痛感させられた。あと何年生きられるか分からないが、鷹見泉石のように学び、事にあたって人から意見を聞かれるような立場でありたいものだと。

 劇中、泉石は論語の一言を口にする。

「未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」

 見終わったとき、この言葉がずっしりと胸に響いたのだった。

(文=森田健司)

エンタメ 新着一覧


イケメンな「NEXT中居正広」は誰? 即戦力、対抗馬、野球枠…余人をもって代え難しは幻なり
 あの中居正広(52)がこんなことになるなんて、誰が予想できたでしょうか。  昨年12月にソニー生命保険が発表した...
【おむすびにモヤっと】すべては結のおかげ、動かずして感謝されるヒロインの今後は?
 2012年1月17日。結(橋本環奈)は神戸で両親や商店街の人たちと17年前の阪神・淡路大震災の犠牲者を追悼して黙とうす...
桧山珠美 2025-01-31 16:57 エンタメ
【おむすびにモヤっと】結の出産も大震災直後の描き方もショートカットが凄まじい…米田家の呪いはどうした?
 テレビを見て、東日本大震災が発生したことを知る結(橋本環奈)たち。歩(仲里依紗)は被災の映像を見て呼吸が荒くなり、そば...
桧山珠美 2025-01-15 18:30 エンタメ
冬ドラマを調査!炎上騒動『べらぼう』への評価は? 『ホットスポット』や『御上先生』への期待も聞いた
 2025年冬ドラマが続々とスタートしました。まだ初回放送前の作品もあるなか、それでも今期のドラマに期待している人は多い...
【おむすびにモヤっと】“不揃い”な春キャベでロールキャベツ? 平成のバカップルにこうのとりが…
 2010年春、結(橋本環奈)と翔也(佐野勇斗)は大阪のアパートで新婚生活を始める。家事を分担しながら共働きをして公私と...
桧山珠美 2025-01-13 18:30 エンタメ
横浜流星は“まだ誰のモノでもない”感も含めて尊い! NHK大河が「べらぼう」に面白い
 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」がスタートしました。主人公の蔦屋重三郎を...
【おむすびにモヤっと】メンチ切り合った2人がなぜ? 見たいシーンを出し惜しむのが「おむすび」クオリティ
 結(橋本環奈)と翔也(佐野勇斗)は、保留とされていた結婚を進めるため2人が考えた生活プランを親たちに説明する。会社で初...
桧山珠美 2025-01-11 06:00 エンタメ
【おむすびにモヤっと】サザエさん風に「歩、スマホを買う」「結、節約に目覚める」「翔也、仕事する」の3本
 歩(仲里依紗)に、聖人(北村有起哉)がまた携帯電話を買ったのか問うと、歩はスマートホンだと答える。新しい出始めの商品に...
桧山珠美 2025-01-08 17:30 エンタメ
「べらぼう」初回、セクシー女優3人が裸死体姿に…AV業界人どう見た?「裸に意味を語らせる照明が必要」
 5日にスタートした横浜流星(28)主演のNHK大河「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」(NH...
【募集】冬ドラマ何見る?『べらぼう』『家政夫のミタゾノ』『日本一の最低男』など期待&ガッカリ教えて!
 コクハクでは2025年冬ドラマを対象としたアンケートを実施します。あなたが現時点で「楽しみにしている」ドラマ、そして「...
【おむすびにモヤっと】「プロフェッショナル」で壮大なネタバレ感!14週は元スケ番vs元レディースの様相
 結(橋本環奈)が糸島から神戸に帰ってきて愛子(麻生久美子)や歩(仲里依紗)が迎える。だが、一緒に永吉(松平健)と佳代(...
桧山珠美 2025-01-31 16:57 エンタメ
【2024年人気記事】伊藤健太郎は破局して正解! “小栗旬軍団”加入でバーター出演の機会にも恵まれる
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
【2024年人気記事】悪評だらけの天才、平手友梨奈が遅刻やドタキャンを繰り返す本当の理由
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
堺屋大地 2025-01-04 06:00 エンタメ
【2024年人気記事】松本人志はいまや「憧れの芸人」ではない。若手芸人が話す3つの理由
 あけましておめでとうございます。2024年は「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記...
帽子田 2025-01-02 06:00 エンタメ
【2024年人気記事】なぜ塚地武雅、藤井隆はドラマ出演が続く? 不人気芸人との決定的な違い
 2024年も「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記事を再掲載します。こちらの記事初...
【2024年人気記事】『新宿野戦病院』小池栄子の英語、海外はどう思う?「下手というより…」
 2024年も「コクハク」をご覧いただき、誠にありがとうございました。反響の大きかった記事を再掲載します。こちらの記事初...