「この初老の女が私?」映像に映った“残酷な姿”に凍り付く。もう若くない…悟った女が辿りついた答え

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-12-13 11:45
投稿日:2025-12-13 11:45

仕事から解放される自分が心地いい

 ――昨日は、仕事のことで頭が一杯だったのにな。

 いつもと違う自分が心地よかった。私は、まだ、間違いなく28歳だった。

「好きだよ」

 崇の声が耳元を撫でる。うん、うん、と頷くと、彼は私に覆いかぶさるように背中からぎゅうと抱きしめた。

 照明が一瞬暗くなる。その隙にキスをして、お互いの存在を触覚で確認していると、ステージにSweetSetのふたりがやってきた。

「こんばんは。まずはこの曲からお楽しみください」

 アコースティックギターとキーボードだけの簡素なステージ。

 ベレー帽に花柄ワンピース。モッズスーツにストライプのネクタイ。あの頃と同じ衣装なのにどこかちぐはぐな違和感をおぼえながらも、それでも歌声は昔のままだった。

 当時、CMソングに使用された懐かしの曲に思わず身体を揺らす。すると、演奏する彼らの背景に、観客の様子が映像として映し出された

初老のカップル…え、これが私たち?

 あたかも、SweetSetのふたりが大勢の観客に囲まれて歌っているような光景だった。代々木公園のストリートライブ出身の彼ららしい演出である。

 身体を揺らし、コロナの瓶を掲げ、懐かしい音楽に浮遊している人々。私も崇も、SweetSetの音楽の一部になって溶けている感覚だった。

 ――ふふっ。このカップル、なんか…どうなんだろ。

 最前列に人目もはばからずいちゃつく初老の男女がいた。まだまだ若い気分ではしゃいでいる姿が微笑ましかった。あんなふうになりたいと思った。その一方で、どこか彼らに冷笑的視点を持っている自分もいた。

「お、俺たち、映ってる」

 彼のささやきで、客観が自分に戻った。

「え?」

 初老の男女。その正体が私たちだと気づいた時、サッと背中に冷たいものが走った。

「…あれが、私?」

 枯れた花。重力に従った男女。薄暗い照明が、重ねた人生のしるしをさらに浮き彫りにしていた。

 固まる。周りに目をやる。周囲も同様だった。疲れた目元、くたびれたスーツ姿、体型隠しワンピースで身を包み、全てが落ちついたいでたちの元・若者たち。歌う主役もそう。彼らに感じていた違和感の正体は、それだった。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


通り過ぎた季節、むせかえるほど深い秋景色の中を歩いた
 何層にも重なった、むせかえるほど深い秋景色。  通り過ぎた季節を想うとやたらと切なくなるのはなぜだろう。 ...
BIGな“にゃんたま”ライバル出現!おにゃんこを巡る壮絶な三角関係ぼっ発
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
ペラペラさが逆に良い!100円均一のトラベルグッズが海外旅行で重宝した
 コロナが落ち着いて旅行する機会が増えた方も多いのではないでしょうか。  トラベルグッズを買い揃えるために100...
私「あ、大丈夫よ?」勘違い女「なんとか調整する」いや誘ってないから!
 自意識過剰だったり、自分に自信があったりする女は“勘違い女”になりがち。そんな女性からのLINEには、思わず「いやいや...
ほっこり癒し漫画/第67回「おかえり銀ちゃん」
【連載第67回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、突然「コクハク」に登場! 「しっぽ...
【45歳からの歯科矯正】医療費控除の手続き、確定申告で役に立つアレ
【これまでのお話し】 45歳で歯科矯正を始めようと思ったワケ(#1)/45歳女、5年越しにワイヤー矯正を決断!(#...
私は子供部屋おばさん?彼氏ナシ・非正規でもシフォンケーキで満ちる日常
 工場内に終業のチャイムが鳴った。  機械の停止音とともに「お疲れさまでした」が飛び交う。  同じロゴの入っ...
工場での単純作業は悪くないが…恋愛経験ゼロの女に起きた“タグ付け事件”
 西荻窪の実家で母親の信美と2人で暮らし、工場でパート勤務をしているかおり。彼女は今の生活に特別な不満もなく、趣味のカフ...
“子供部屋”を出てチヤホヤされて 36歳女性が勘違いから気づいた現在地
 西荻窪の実家で母親と2人で暮らし、工場でパート勤務をしているかおり。平坦な毎日だったが何気なくインスタに投稿していたシ...
酒豪の友達を持った宿命? 飲み会で「割り勘負け」を防ぐ6つの賢い方法
 友達との飲み会は楽しいけれど、気になってしまうのが大酒飲みとの割り勘。お酒を飲まない人なら、会計時に「ソフトドリンク1...
ミス日本は不要? 開催意義と椎野カロリーナ不倫発覚で“分不相応”の根拠
「ミス日本コンテスト2024」に選ばれたウクライナ出身のモデル・椎野カロリーナさん(26)が2月5日、グランプリを辞退し...
2024-02-10 06:00 ライフスタイル
ババア(婆)と言われ、架空の48歳妹になりすました73歳女に思うこと
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
蛙化現象わかったフリしてない?恋愛中でもどこか冷静な若者のリスク管理
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
台湾最高!くまのプーさん気分も味わえる「40女激オシ台湾産ビール」3種
 仕事の後のビールは、全てを忘れさせてくれる大切な存在。そんな1日の終わりに飲む1杯にはこだわりたいですよね。  そこ...
2024-03-07 18:25 ライフスタイル
うんざりするけども!目上の人の苦労話は“秒”で遮断するのはもったいない
「今の人は恵まれてる、昔はさ~」から始まる目上の人の苦労話、みなさんもうんざりするほど聞いてますよね。  その苦労話で...
戦うべき相手は過去の自分 時には昇ってきた階段を振り返る
 時には昇ってきた階段を振り返る。ずいぶんと上がった、と誇りに思うこともあるし、まだこんなところか…と凹むことも。 ...