「“普通の人”ってなんですか?」
「この際なので正直に言いますね。実は私、萌香さんの言う『普通の人』が、イマイチ分からないんです」
萌香の希望の条件が、国崎の“普通”の認識とどこかギャップがあるのだという。
だからこそ、データ上の平均で様々なタイプの反応を見て認識とすり合わせながら、いまは萌香の望む“普通”を探っている状態なのだそう。
ちなみにあの福田は、地元では優良物件と申し込みが殺到しているのだとか。
「ええ…!? ま、田舎では人気かもしれないですけど」
ポロリと本音を吐いてしまうと、国崎の柔らかな表情が一変した。
「萌香さん。日本の人口の約9割は田舎と呼ばれる地方在住なんですよ」
「…」
「萌香さんは東京での“普通”を生きているから、気づかないかもしれませんけど」
私の“普通”と世間の“普通”は同じじゃなかった
東京での、普通。
データ上での、普通。
限定的にくくって強調されることで、国崎から世の中には多くの“普通”があるとたしなめられているようだった。
萌香は、だんだんと考えが混乱していた。
私が求めている普通とは何だろう。そもそも、普通に結婚することを望み、普通の結婚相手を求めている自分は普通なのだろうか、と。最近は国崎のように未婚を通す人も多いというのに…。
ただ、その“多い”という認識も自分の周辺だけのことなのかもしれない。
「福田さんからは萌香さんの体調を心配するメッセージが届いています。お断りしても構いませんので、もう一度会ってみたらどうでしょう」
次の言葉が出ない萌香を国崎はいつもの優しい笑顔で包んだ。
その申し出を断る理由はなかった。
断るはずが…話してみると案外悪くない
初回から「ドライブはハードルが高い」と国崎を通じて福田に伝えると、すぐに彼は反省してくれたようだ。
それもあって次のお見合いは、萌香も行き慣れている東京駅近くのラグジュアリーホテルのラウンジで行うことになった。
「ごめんね。俺の地元は車じゃなきゃデートできないんだよね」
「私、両親も免許証を持っていないんです。タクシーと電車で十分だからと」
「え、俺、新幹線以外の電車に最後に乗ったのは2年前に一度だけなんだよ」
「嘘! 本当ですか? そんな人、私の周りに居ませんよ」
実際、腰を据えてじっくり話してみると、福田はハードな見た目とは裏腹に、物腰も柔らかく素直な男性だった。
――あれ?
「やっぱり東京は違うね。ケーキもさすが、ホテルクオリティ」
2000円のショートケーキをおいしそうに頬張るその男を見て、萌香は思わず微笑んだ。
心も話も弾んでいる。
我に返り、気持ちを切り替えるつもりで目を逸らし、窓の外を見た。
東京駅を行き来する老若男女、国際色、地方色豊かな人々を眺めながら、彼との結婚生活のことをぼんやり考えた。
萌香が考える“普通”ではない彼。ルックスも結構パンチが強い。好みとはかけ離れている。一度会ってお断りするつもりで来たはずだが…。
可愛く思えるのはなぜ?
「どうしました?」
表情が変わった萌香を心配した福田が顔を覗きこんだ。
その上目遣いを可愛いと思ってしまう自分がいるのだ。
「なんでもないです」
「萌香さんって変な人だね」
「それを言うなら――」
萌香は、福田との今の時間を楽しむことを優先することにする。
そのなかで、じっくりと、“普通”の意味を考えるのだった。
――Fin
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