江角マキコ芸能界引退から7年、初めてデビュー作を語る(前編)伴走してくれた能登の人たちに「感謝と恩返し」を

更新日:2024-08-07 07:00
投稿日:2024-08-07 07:00
 芸能界から引退している江角マキコさんが、7年ぶりとなるインタビュー取材に応じた。目的は、石川県輪島市を支援するために特別上映される作品の応援。「今もつらい思いをされている能登の人たちに、微力でも役立てるのなら」と感謝の気持ちを語った。

能登のために「微力でも役立てるのなら」

  ◇  ◇  ◇

 1995年に公開された江角さんのデビュー作「幻の光」のデジタルリマスター版が、8月2日から「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」(東京都渋谷区)でリバイバル上映されている。輪島を舞台にした同作は、美しい能登の風景を織り交ぜながら、夫を亡くした女性が再び前を向いて歩き始めるまでの日常を描いた秀作だ。

 是枝裕和監督の長編映画デビュー作でもあり、ヴェネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞(撮影に対して)して話題になった。

 現在までに全国30館で再上映されることが決まっているが、収益から諸経費を除いた全額が輪島市に寄付される。プロデューサーの合津直枝さんが、能登のために輪島のためにと駆け回り、思いを結実させた形だ。

 主人公の「ゆみ子」を演じた江角さんも「数時間のインタビューなら引き受けたい」と協力を申し出た。引退していながらも、「能登の支援の一助になれば」という思いからだ。日本アカデミー賞の新人俳優賞やブルーリボン賞の新人賞など映画賞を総ナメし、その名を世間に知らしめるきっかけとなった映画だが、当時はプロモーションなどに携わっていない。作品について話すのは、今回が初めてだ。

ロケ地・輪島への特別な思い

 ただ作品にも、冬の1カ月近くを過ごしたロケ地の輪島にも、特別な思いがある。人々の温かさや厳しくも美しい自然は、29年以上たった今でも鮮明に覚えていると言う。

「能登を訪れたのは、この時が初めてです。同じ日本海沿いの島根県で生まれましたから、海や山の景色は私にとって原風景に近いとも感じましたが、慣れ親しんだ出雲平野と比べれば、環境はより激しい。そんな凄絶な自然に囲まれた中で、女優という仕事が初めてだった私は、とにかく自分のことで精いっぱいでした。静かに撮影を見守ってくださるだけでなく、ある時は炊き出しをしてくださったりお風呂を貸してくださったりした地元の人たちの伴走にも助けられ、なんとか『ゆみ子』を演じられたんです」

 ゆみ子と再婚相手の民雄が自宅で結婚式をあげるシーンでは、輪島の人たちがエキストラとして列席して、「まだら」と呼ばれる祝い歌も披露している。

「私のことなんて本当に、だれも知らないわけです。それでも『いいよ、そのぐらい』って、快く参加してくださって。今さらながら、感謝しかありません」

能登・輪島の方々に感謝の気持ちを伝えなければいけない

 撮影が始まるずっと前の段階から、輪島の人たちが応援していたことも、最近になって知った。

 原作者の宮本輝さんは小説の映像化を了承していたが、監督と主演女優が新人という作品にカネは集まらず、配給先も決まらない。そのまま3年が過ぎた頃には、企画の実現に向けて奔走していた合津さんも半ば諦めていた。

 だが、最後に踏ん切りをつけようとして訪れた輪島で運命的な出会いをする。現地で知り合った観光協会の事務局長が「地元でできることなら応援しますよ」とロケ地の選定や腕利きの大工さんを見つける手助けをしてくれた。漁村に建つくたびれた廃屋が「ゆみ子」たちの生活する伝統的な民家に生まれ変わり、撮影がスタートした。

「私はそんな関係者のご苦労など全く知らず、撮影に没頭させていただいた。今はただただ『ありがたかったな』って感じます。みなさんのご協力がなければ、この映画は絶対に完成していません。だからこの機会に改めて、能登の方、輪島の方に恩返しというか、感謝の気持ちを伝えなければいけないと思いました」

芸能人ではない暮らしについて

 それでも実際に行動に移すまで、1カ月ほどの時間を要した。芸能界を引退し、芸能人ではない暮らしが当たり前になっているからだ。

「ネットフリックスなどの配信サービスや地上波で放送されるドラマも、おそらくみなさんと同じ温度で見て、楽しませていただいています。旧知の女優さんや俳優さん、監督さんが活躍されているのを見ても熱くなることはありません。芸能界にいた頃とは明らかに違います。そんな毎日ですから、合津さんから再上映の連絡をいただいた時も、素敵だな、素晴らしいことだな、と心の底から拍手を送るだけでした。お手伝いをするなんてことは、思いもしませんでしたね」

 第三者的なスタンスを変えるきっかけとなったのが、妹からの電話だった。

私は傍観者でいいのか

「特別上映のことがニュースで取り上げられてたよって、伝えてくれたんです。その時は、能登の方はまだまだ大変だよね、それなのに被災地の報道は減ってきたよね、などと会話を交わして電話を切りました。でも翌朝、ふと思ったんです。このまま私は傍観者でいいのかな、いいはずがないよなって。

 妹のように『幻の光』をきっかけにして能登のことを気にしてくれる人が1人でも2人でも増えていったら、現地の人たちにとっても大きな力になるんじゃないかって思いました。私のささやかな発言でも、あれば大きな励みになると信じています。それで本当に微力ではありますが、今回のチャリティ上映の企画を多くの方に知ってもらう一助になればと、取材を受けようと決めたんです」

 同作が「喪失と再生」をテーマにしていることも1つの動機になった。「ゆみ子」と同じように、能登の人たちは今、途方もない喪失感を抱えて苦しんでいる。江角さんには、その心情が理解できた。若い頃に肉親を失った悲しい経験があるからだった。

(取材・文=二口隆光)

 後編につづく

◇江角マキコ(ゆみ子役)プロフィール

 元俳優。島根県出身。1988年からファッションモデルとして活動、その後、俳優業を始める。1995年に本作『幻の光』で俳優デビュー、数々の映画賞で新人賞を受賞した。鈴木清順監督『ピストルオペラ』(2001)で主演を務め、映画『命』(同)では第26回日本アカデミー賞主演女優賞、代表作にドラマ「ショムニ」シリーズなどがある。06年、バラエティ番組「グータンヌーボ」でMCを務めるなど、バラエティやCMでも活躍した。17年、芸能界を引退。

◇能登半島地震 輪島支援 特別上映
映画「幻の光」(製作・配給:テレビマンユニオン)

 8月2日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて、デジタルリマスター版での限定上映。同館を皮きりに順次全国30館にて公開予定。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


神様ありがとう…!ふわふわ“にゃんたま”が可愛すぎて感謝するレベル。猫は人類を癒す
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
【動物&飼い主ほっこり漫画】第107回「復活のアフロ!」
【連載第107回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽの...
【漢字探し】「橋(キョウ)」の中に隠れた一文字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
「誰よりも頑張っていた」に号泣…心に響いた恩師の言葉4つ。叱咤も温かい言葉も忘れない
 学生だったあの日も、遥か昔…。アラサー・アラフォーになると思い出は徐々に薄れていきますよね。でも、心に響いた温かい言葉...
可愛すぎやろ! 母のLINEに“キュン”連発♡ トーク画面はメモ帳じゃないってば
 自分を育ててくれたお母さんを「すごい」「敵わない!」と、尊敬している人も多いでしょう。でもたまに見られる可愛い姿にクス...
それ、実は「マネハラ」です。身近にある“お金”のハラスメント。飲み会への強制、プレゼント代徴収もアウト!?
 お金にまつわるあらゆるハラスメントを指す「マネーハラスメント=マネハラ」をご存じですか? 実は身近なところで遭遇する機...
「お受験したい」6歳娘の言葉にアタフタ。“公立で十分”は親の勝手な思い込みですか?
 それは、現・小学1年生である我が娘・ミオリ(みーちゃん)が保育園年長の夏であった。彼女は突然、母である私にたずねてきた...
エモすぎ注意!平成女児グッズ、何が好きだった?シール帳にロケット鉛筆…あの頃の思い出エピ【流行語大賞ノミネート】
 2025年の新語・流行語にノミネートされた「平成女児」というキーワード。平成時代に女児だった人たちがが大好きだった文化...
神聖なる“にゃんたま”様、願いを叶えて…!「世界中のネコ様が幸福でありますように」
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
それ“和牛”違いですよ! コントのような「おばさん」二人の会話に更年期の私が救われたわけ
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
失敗ばかりの「ミモザの鉢植え」、成功の秘訣は“マニュアル外”の育て方にあり? 4年目で気づいたコツ
 晩秋の風がひんやりと肌を撫でるころ、ワタクシの中でそわそわし始める植物がございます。それはずばり、ミモザちゃん。 ...
一生ついて行きます! 職場にいた“理想の女上司”エピソード集「とにかく帰っていい」の言葉に泣いた…
 あなたにとって「理想的な女上司」とはどんな人物ですか? 漠然としたイメージ、あるいは具体的な条件などはあるでしょうか。...
LINEの誤爆で思い出す、中学時代の“ある事件”。女子同士の「手紙回し」にあった残酷な一面
 あの頃の手紙は、今のSNSより不器用で、でもずっと真剣だった。速さに追われる時代に、言葉を選ぶ“間”の大切さを思い出さ...
え、私の息子はどこに? 義母のインスタで知った“孫”格差。プレゼントやお年玉にも露骨な線引きが…
 幸せなはずの結婚生活に影を落とす、姑との問題。令和の時代でも根強く残る嫁姑トラブルに直面したケースをご紹介します。
 “にゃんたま”の不敵な笑みにノックダウン!「キミはどう撮るのかな?」
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
【漢字探し】「椛(モミジ)」の中に隠れた一文字は?(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...