すいかばかのレシピ~'23年<1>生産量ワーストの地で昆虫性のすいか作り

Koji Takano フォトグラファー
更新日:2023-05-25 11:16
投稿日:2023-05-14 06:00

すいか生産量「全国最下位」の地・山梨県

 4月の山梨県北杜市白州町。この地でひとり、こだわりのすいかを作る男がいる。通称「すいかばか」こと寿風土(ことぶきふうど)ファームの小林栄一さん(57)だ。

 山梨県のすいかの生産量は全国で最下位の47位、すいかの名産地とは言い難い。しかし、98%が水分のすいかに白州の水が与えるものはとてつもなく大きい。

 農園のすぐ脇を流れる釜無川と、全国で唯一、川そのものが名水百選に選ばれる尾白川に挟まれた狭小な土地で、畑から300mほどの“目と鼻の先”に山梨の銘酒「七賢」の蔵元が長い歴史と共に息づく。甲斐駒ヶ岳の扇状地にできた中州のようなエリアでもある。

南アルプスの恵みの塊

 数キロ先にはサントリー白州工場があり、いわば「南アルプスの天然水」の郷。花崗岩質の土は水はけが良く、原種はカラハリ砂漠が発祥と言われるすいかには適した土質で、地表と空気の温度差がある気候も砂漠のような環境といえる。

 釜無川に冷やされ、水分を含むそよ風が吹き、夜間に冷やされた空気が朝露になり畑に降り注ぐ。豊潤な朝露を吸って育つすいかは、南アルプスの恵みの塊だ。

「下原すいかの味が忘れられない」

 もともとは、養蚕業を営んでいた父親が畑を始めた。栄一さんは長男だが、農家を継ぐのには抵抗があり、上京してサラリーマンに。ゆくゆくは商いの街・大阪で身を立てたいと考えていたが、あるきっかけが小林さんを故郷に引き戻す。そして、父が亡くなり、最終的には畑を引き継ぐことを決断したという。

「母親の故郷である(長野県の)松本の下原地区はすいかの産地なんですが、幼い頃に食べて育った下原すいかの味が忘れられないんですよ」

 原体験に基づく至高のすいか作りをモットーに、毎シーズン、昨年よりうまい一玉を追い求め、今年で23年。終わりのない境地を目指している。

「自分だけのすいか作りのレシピがあるんですよ。料理で言えば下ごしらえにあたるのが、土作り。その良い土を自分で作ろうと思ったんですよね。レシピができれば、他とは違うブランド力のある農業になるはずですから」

すいか作りに最高な「山の土」を求めて

 すいかばかが話す“下ごしらえ”の土作りは13年ほど前にさかのぼり、10トントラック30台分の松の皮を休耕田に積みあげるところから始まった。

 住居の高さほどに山盛りだった松皮はカブトムシが住みついて卵を産み、すくすくと育つ。そして成虫となった巨大なカブトムシとその他多種の虫たちが生み出すバクテリアなどによって、少しずつ分解され、松皮が土に変わっていく。すいかばかはその様子を、10年間見守り続けた。

「植物を育てるのに最高なのは山の土。肥料も管理もなく病気にもならず、自然の中できれいな花を咲かせ、美しい緑の葉が繁る土は最高です」

「菌は金なり」

 自然の土の恵みは、昆虫の排泄物や数多の細菌によるものだと小林さんは考える。ファーブル昆虫記のフンコロガシの話を読んで、昆虫が生み出す菌こそがすいかには最適なのではないかと思いついたのだ。

「『菌は金なり』ですから(笑)」

昆虫性の土で作った「昆虫性のすいか」

 そして松皮は10年経って土に帰り、山が消えて平らになった。

「近所にオオクワガタを30匹くらい飼っている人がいてね。クワガタの糞が混ざっている土をもらってきて、良い菌がいるに違いないと思いました」

 販売されている牛糞や鶏糞などの肥料を混ぜて作る土は動物性の脂を含んでいる。その土ですいかを作ってみると、アクのような雑味を感じたという。

「科学的な根拠はないけど、原因は土しか考えられなかった。だから動物性の土ではなくて、昆虫性の土に目を向けたんです。動物性の土で作った動物性のすいかではなく、昆虫性の土で作った昆虫性のすいか! 昆虫性って響きもいいでしょう?」

土作り最後の要は「蒸し焼き」

 クワガタの糞が入った土を加えて3年。現在は発酵が進み、休耕田の土はその部分が凹んで見える。その土をふるいにかけ、最後の仕上げをする。大きな鉄釜に入れ、薪をくべたかまどで1日かけて蒸しあげるのだ。

 土の中に混ざる他の植物の種を殺すためで、何日もかけ焼き続け、下ごしらえを整える。

 ハウスの中には釜で仕上げた土に植えられた苗が順調に育っていた。すいかづくりの準備が整ったようだ。

 2023年もすいかばかの勝負が始まる。

Koji Takano
記事一覧
フォトグラファー
1963年神奈川県横須賀市生まれ。日芸写真学科卒業後、外国航路の船乗りとして世界を股にかけ、出版社勤務を経て、現在はフリーのフォトグラファーとして活動。近著は写真集「東京の風に漂う」(銀河出版)。
http://www.kojitakano.com/

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


仕事や恋に謳歌する私と、髪を振り乱して子育てする彼女。本当に「幸せ」なのはどっち?
 実久は妻子ある男性と交際をしているが、その日は彼に「仕事が入った、先に行っていて」と言われてしまう。大磯のプールリゾー...
子供の粗相は許して当然? 鼻につく母親の口ぶり…私は「子連れの女」に同情することにした
 東海道線・グリーン車で都内から1時間弱。それからバスで10分くらい。やっとたどり着いたのは、歴史あるのどかなリゾートホ...
プロ童貞の足が「渋谷」から遠のいたワケ。行かなくなった街と人気が出た街、どう違う?
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(65)。多忙な現役時代を経て、56歳...
夫が「子育て」のこと全然わかってない! 妻が心底ゲンナリした無知発言
 男性も育児に関わるようになった時代ですが、まだまだ女性がメインでしている家庭は多い様子。そして夫の一言に「子育てわかっ...
“謝罪”LINEにイラッ「ごめんねww」って笑いごとじゃないのだが?
 自分が原因の問題に対して謝罪をするとき、心をこめないとかえって相手を怒らせてしまいます。文字や絵文字でしか伝えられない...
マジ最悪! “隣人ガチャ”大ハズレ、悪夢の引っ越し体験談。浮気相手が隣ってどんな確率?
 異動や転職、結婚などで新生活をスタートさせる際、引っ越しをする人もいますよね。その際、隣人ガチャでハズレを引き、トラブ...
漫画かよ!本当にあった「超高額」プレゼント。場末のスナック嬢からセレブに大逆転
 夜職のお姉さんお兄さんが、お客さんから超高級なプレゼントをもらっていたり、札束で会計をしている。そんな動画、見たことな...
暑すぎる…!「夏バテ」に負けそうな時、どうしてる? 私のセルフケアを教えます
「最近なんだかだるい」「食欲がわかない」こんな夏特有の不調に悩まされていませんか? 気温や湿度の急激な変化、冷房や紫外線...
惚れてまうやろ~!猫さまの素晴らしいお姿、“たまたま”様の神対応にズキュン
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
石丸伸二、議席ゼロでも“上から目線”の謎。ひろゆきやホリエモンの批判をかわすロジックが斬新すぎません?
 7月20日(日)に投開票が迫る参議院選挙。昨年の東京都知事選で小池百合子氏に次いで約165万票も獲得し、石丸旋風を巻き...
『最後から二番目の恋』千明の“現象”にわかる~! 中年の無様な姿も可愛らしいじゃないか
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
デパコス VS プチプラ、コスメはどっちがいいの? みんなの意見を聞いた「高級品はテンション上がる!」「低予算で楽しめて最高」
 あなたはコスメを購入するとき、デパコス派? プチプラ派? 高級感あふれるデパコスを愛用する人もいれば、手軽に楽しめるプ...
我が子のため…って追い詰めてるかもよ? ダメ親の特徴と“やりすぎ”行動
「我が子にはこんな子に育ってほしい」「我が子のため」と思うあまり、行動がエスカレートしてしまう親は一定数いるもの。あなた...
「♪教えてあげないよ、チャン!」ポリンキー“35年目の秘密”だと…? 公開中の初代リメイク動画を見なきゃ
 2025年7月、株式会社湖池屋が展開するお菓子「ポリンキー」が35周年を迎えました。35周年を記念して“あの懐かしいC...
まぶしい…!正直、「Z世代」が羨ましい。平成・昭和生まれが“実は憧れている”6つのこと
 SNSでキラキラしたZ世代のライフスタイルを見て、「あと10年遅く生まれてたら、私ももっと理想の人生を送れたのかも。羨...
猫さま神秘のフォルム…!  奇跡の“たまたま”ポージングが尊すぎる♡
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...