更新日:2023-07-22 06:00
投稿日:2023-07-22 06:00

お姐さんの誕生日お祝いの場で

 ストリップの公演中、めでたく誕生日を迎えるお姐さんのために、幕間にお祝いの会が開かれることとなった。

 その司会を引き受けた私は、全国から駆け付けたお姐さんのファンの期待に応えるため、書店員として培ったスキルで司会進行を完璧にこなそうと思っていたのである。

 しかしどういうわけか、カマキリの姿でステージに立つことになった。

着心地も使い勝手も考慮されたカマキリ

 ふんわりと着心地の良いそれは、フードになったカマキリの頭の下から顔が出ている状態で、手の先はカマ状だが、カマキリの手首あたりから手を出すことができる。

 その手に進行表を握りしめ、入場を諦めて帰る人が出るほどの超満員の劇場で、いたって真面目に、カマキリであることには触れず、きびきびと司会を執り行った。その格好ゆえ、余計に気を引き締める必要があったのだ。

 私がカマキリである理由は何もない。たまたま別の踊り子がそれを所持していて、せっかくならみんなで面白い恰好をして出ようということになり、パパっと分け与えられたのがそれだっただけである。

お姐さん本人は“フランクフルト”に

 スパンコールだらけで悪趣味ギリギリのジャケットを羽織ったり、金色に光る全身タイツに身を包むメンバーの中、当のお姐さんも、せっかくこの日のために用意した麗しいドレスから、いそいそとフランクフルトの着ぐるみに着替えていた。

「たらこキユーピー」のようにフランクフルトから顔が出し、本体に刺さる棒がなぜか股間からぷらりと垂れている。

 明らかに狙っている感じが、自分にはマジで無理。「着てみたら?」と楽屋で勧められたが、頑なに拒んだことは言うまでもない。

面白さで目立つのは苦手

 目立つことは嫌いではないが、面白さで目立とうとするのは苦手である。

 宴会の一発芸や、飲みのカラオケ、女子会の暴露話など、面白さをがんばろうとする自分がそもそも面白くないと感じ、格好悪さに萎えるのだ。

 人が人を笑わせようと頑張る姿は健気だが、その思惑に焦点が合ってしまうと、逆に笑いがスンと引いてしまうことってないだろうか。

 笑いという感情は、実にデリケートなのである。

「童顔巨乳」Tシャツの狙いと不安

 踊り子の仕事は、きれいな格好をして色っぽく微笑むだけではない。メリハリをつけるために、時には女を捨てて笑いを取る演目もやるし、写真タイムで奇抜な衣装を纏い、エロよりウケを狙ったりもする。

 先日は「童顔巨乳」と胸に印刷された、やけにサイズが小さい体操服を着て出た。もちろん、自分で買ったわけではない。

 童顔巨乳な踊り子などいくらでもいるが、あえて私が着るから面白いのである。しかし、その笑いに対する驕りが透けて見えてはいないか不安だ。

「踊り子・新井見枝香」の自意識

 私は何をそんなに恐れているのか。実は面白みのない人間である、ということが世間に露呈することだろうか。

 禿げヅラもアフロもふんどしも、昨今のバラエティ豊かなストリップのステージではめずらしくないが、しかし私はそのどれも、できる気がしないし、やりたいとも思わないのである。

 そんな人間が面白いことをしても、痛々しいだけであろう。面白い人と思われるために無理して体を張ること自体が、全然面白くない。

 本当に面白い人は、自分が面白いから面白いことをやっているだけなのだ。だから滑ることも恐れない。

ストリップの価値

 ストリップは、自分では恥ずかしくて到底できないことを堂々とするから、人の心を動かす。素っ裸でステージに立ち、真剣な顔でエアセックスやオナニーベッドができる人はそうそういないから、価値があるのだ。

 だから、恥ずかしくてできないほど面白いことも、ステージに立つ者としてはできたほうがいいのだろうが、その恥ずかしがる自分を、ちょっとでも「おいしい」と思った時点で全てが面白くなくなるため、結局恥ずかしい人は恥ずかしいままなのである。

 ええい、めんどくさい自意識よ!

 なんだかこのエッセイまで滑っているような気がしてきた……。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


現金より危険な面も…「電子マネートラブル」よくある事例と3つの対策法
 近年、現金を持ち歩かず、電子マネーを利用する人が増えていますが、それに伴って急増しているのが、電子マネートラブルです。...
親子でしっぽシマシマ隊! チビ“たまたま”がすくすく育ちますように
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
命がけで庭の雑草駆除、今年もやるの?ローメンテを叶える夏の雑草対策
 雑草が気になる季節になりました。「雑草」という植物なんて無いねえ~と言われちゃえばそれまでですが、道端はまぁいいとして...
トレンド入り「猫ミーム」インフルエンサーの投稿じゃないのになぜバズる
 2024年春、突如日本のSNSシーンで流行し始めた「猫ミーム」というカルチャー。日本だけでなく、今世界で流行し、そして...
え、ハブられてる? ママ友に嫌われる言動ランキング&上手に付き合う術
 子育て中の女性が必ず直面する「ママ友との付き合い」。気の合う人に出会えれば、情報交換や悩みごとを共有できる仲間として心...
カスハラとクレームの違い 料理が30分経っても出ないから文句言ったら?
 パワハラ、セクハラ、モラハラ…。最近何かと「ハラスメント」という言葉を耳にしますよね。その中でもここ数年でよく見聞きす...
「風呂キャンセル界隈」失敗談 足の臭いでバレ!自分を奮い立たせる方法
 ネットスラングで「風呂キャンセル界隈」というワードが話題になっています。読者の皆さんの中にも、その日の入浴をキャンセル...
丸見え族、参上! うさぎシッポの“たまたま”君にロックオン
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
何をそんなに怒っているのだ?
 何をそんなに怒っているのだ?  東京都庁近くにて。
ほっこり癒し漫画/第75回「ヘルプみーこ」(後編)
【連載第75回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
【難解女ことば】「小女子」ってなんて読む? ヒントはご飯が進むもの。
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
最新「グダグダなLINEやり取りの終わらせ方」知らないのは無防備すぎる
 仕事からプライベートまで、コミュニケーションツールとして使えるLINE。便利かつ気軽ではありますが、それゆえにダラダラ...
スマホを持たないサブカル老人の願い「本屋に行く楽しみを奪わないで~」
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
クレクレママの実態 買い換えるなら「車くれない?」っておねだりする!?
 人のものをすぐに欲しがるクレクレママ、あなたの周りにはいませんか? おさがりなどをもらってくれて助かることもあるけれど...
44歳独身、今からでも遅くない?ズル休み→大学進学を決めた“無敵の女”
 八王子の居酒屋で契約社員として働く由紀は、信じていた学生バイトに蔑まれ、客の若者にも罵られる日々。見かねた学生バイトの...
私の時給はパフェより低い…置き去り氷河期世代の苦悩「感覚死んでる」
 八王子の居酒屋で契約社員として働く由紀は、特段面白みのない毎日を過ごしている。元気な学生バイトたちに囲まれ慌ただしい日...