高円寺の優しい夜に抱かれて思うのは…
午前2時になると女将さんに店を追い出されてしまったので、そのまま私たちは北口のロータリーに移動した。
解散しようにも、たかぴーが相当酔っ払っており、帰るに帰れなかったのだ。
「…正直、ああいうのってやめて欲しいんですよね」
たかぴーは、ぐったりとうなだれながら、純情商店街に掲げられている横断幕を指さして呟いた。
『優勝おめでとう』――この街にゆかりのある芸人さんが賞レースで優勝したことを祝うものだ。
同じ芸人として嫌な方向に刺激されるからやめて欲しい、と彼は呂律の回らぬ口調で述べた。その気持ちは十分理解できるので私は、「まあまあ」と肩を組んで同情する。
「俺だって、一生懸命やってるんですよ。てっぺん、いつか取れるって信じてさ。でもどうあがいても無理なんすよ! 何が正解なんすか!」
「とりま、これ呑んで座んなよ」
「あざっす」
青春マンガの1ページのような熱弁ののち、彼はストゼロを一気飲みした。
気が済んだのか彼はそのまま吐瀉物にまみれた地面に伏す。相当嫌なことがあったのだろう。
私だって同じようなものだけれど
たかぴーと同じ事務所のユウくんいわく、彼は今日行われた事務所のバトルライブで最下位だったそうだ。
ふたりの所属する事務所は芸人のみのマイナーなプロダクション。その最下位ということは、芸人として下の下であることを突きつけられたようなものだ。
私は苦笑いするが、状況は同じようなものである。
今日のライブは、自分の集客は0であった。SNSのフォロワーもいまだ3桁だ。
――まあ、彼みたいにはっきりダメを突きつけられるより、マシか。
見下しあうことで、精神衛生を保つライフハック。
その後は、消化しきれなかった与太話を処理して、いつの間にか解散していた。
寝起きの一服中、妹から連絡が
目が覚めると、そこは我が住処、8畳間の湿ったマットレスの上だった。
寝覚めのタバコに火を点け、バイトの時間まで、もう一寝入りしようと決意する。
――昨日のギャラも、全部使っちゃったな。
ヤニでうっすら色づいた天井を眺めながら、愚かな自分を笑う。
すると、スマホが振動していることに気づいた。3年ほど会っていない、新潟に住む妹からだった。
「ああ…わかった。もういいって。そっちで勝手にしておいてよ。私はよくわからないもん」
返答もぞんざいに、5分ほどで電話を切った。
昼からやっているあの店なら…
トピックは3つほど。認知症ぎみの父親をホームに入れるということ。実家じまいをするということ。高校時代の親友が結婚して、招待状が来たということ。
どれも、耳をふさぎたいことばかりだ。最近は、近況さえも聞いてくれない。彼女も、もうあきらめているのだろう。
「ふぅ…」
ふたたびタバコに火を点け、大きく煙を吐く。目が冴えてしまった。
昼からやっているあの立ち飲み酒場ならば、誰か知り合いはいるはずだ。
私は眉毛だけ書いて、適当なパーカーを洗濯物の中から引っぱり出し、そのまま羽織る。
そして、高円寺の懐に、今日も抱かれにいくのであった。
【#2へつづく:いつも変わらない場所、だけど人は入れ替わっていく…】
ライフスタイル 新着一覧