#3 結婚で“輪”から去る友人への寂しさ。心地よい独身生活で失ったもの

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2023-12-17 06:00
投稿日:2023-12-17 06:00

変わらない場所だと思っていたけど…

 気づけば、ナベさんも以前に比べれば店に来ることは少なくなっていた。

「ナベさん、実は中目に引っ越したんだってよ」

 彼がお手洗いに立った時、女将さんがこっそり教えてくれた。

「そうなの?」

「1年前かな。ナベさん、銭湯好きでしょ。ここは小杉湯目的で来るたびに寄ってくれているのよ」

 小杉湯。高円寺では有名な銭湯だが、家にシャワーがあるので私はほとんど訪れたたことがない。同じ値段を払うならタバコひと箱を買うことを選んでしまう。

彼もあっち側の人だった

 よくよく考えてみる。彼は有名歌手のバックで弾いていて、かつてはメジャーデビューしたバンドのメンバーの一員だ。作った曲はCMソングに抜擢されたこともある。

 たかぴーだってそう。スベっていたけど、テレビに出るだけでもすごいことだ。ましてや賞レースの決勝、なんて。

 私は、どうだろう。

「じゃ、今日はこれで俺は出るよ。女将さん、おあいそ」

 ナベさんは、いつもこの店に集まるメンツの支払いをしてくれる。

 酔って気持ちが大きくなっているだけだと思っていたが、よく考えるとそれができるほどの人物なのだ。

 一緒にいて、マヒしていた。同じステージにいると思っていた。そもそもあっち側の人だったのだ。彼らは。

 店を出て行く彼の背中を見送りながら、この店で一番安いレモンサワーを注文した。

 ひとり呑んでいると、志島さんが隅のカウンターで私の方を見てニッコリ笑った。

 瞳の奥で、手招きしているように見えた。

アイツよりはましだよな、と言い聞かせ

 週末、師走の北口ロータリー。目の前を、千鳥足の奴らが終電に向けて駆け抜けていく。

 この街の沼にハマっている私はどこにも動けない。はまったら、もがかなくてはいけない。今はただ、快適な濁りの中で沈んでいる。

 ベンチに膝を抱えてじっとしている身汚い中年男性がいた。

 私は彼を見て、アイツよりはましだよな、と言い聞かせた。

 ニュースでよく見る、実家暮らしの子供部屋おばさんや、ひきこもりに比べたら私は真人間だ。『闇金ウシジマくん』の中にも、私よりダメな人間は山ほどいる。

まずは、明日からはじめよう

 この街を初めて訪れた12年前。

 純情商店街の看板は、あの時のままで、ロータリーもそのままだ。サンドラックも東急ストアも変わらぬ場所にある。

 だけど、静かに変化している。駅は改装し、高架下にキレイで新しい店もたくさんできた。知らぬ間になくなっていたお店もある。

 ロータリーの中央に佇み、あたりを見おろしながら、とりあえず、タバコをやめようと決意した。

 とにかく、明日から。

 まずは、明日からはじめよう。

 最後だからと、私は箱に残っていたタバコに火を点ける。

 気怠さが肺の中に充満した。

――Fin

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


そうそう、これが欲しかった。『リンネル』付録が大容量で使い勝手も良き♡ バッグは軽いほどいいですからね
『リンネル』2025年5月号の付録は、人気アウトドアブランド「コールマンの収納ポーチ付きバッグ」です。  大容量な...
「ただで済むと思うなよ」にゾッ! 距離を置きたくなるママ友の怖い言動
 今回は、距離を置きたくなった“ママ友の怖い言動”をピックアップしました。明るいママ友だと思っていたのに裏があったり、嫌...
タイプロ候補生で話題に…“歯ブラシ1時間”は有意義か?【歯科医監修】40代女性「正しい歯磨き」の方法
 彼女の名は、えりの。女性の心を癒すためにはじめたサロン「コクハク」のオーナーで、界隈では「えりのボス」の愛称で知られ、...
「ミルキー味の胡麻どうふ」はおやつかおかずか。誤解が生んだ美味コラボ、無限の可能性に震える!
 もっちり食感と香ばしさが魅力の胡麻どうふ。何となくとっつきにくい食材だと思っていませんか? 個人的にはちょっといい和食...
40代、このままでいいの? アラフォー女性が抱える漠然とした5つの不安
 40代になって「このままでいいの?」と悩みを抱える女性は少なくない様子。すでにプレ更年期に突入している30代後半の女性...
猫島の特設ステージにようこそ! “たまたま”の華麗な見返りに惚れぼれ
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
雑草対策にもなるよ! ほっぽらかし園芸の超絶おすすめ草花は?【春植え付け編】
 猫店長「さぶ」率いる我がお花屋の仕事には、歩道や公園の脇に造成された花壇への草花納入もあります。その中には近隣も含まれ...
性悪“ルッキズム女子”嫌われる人あるある6選。見た目も大事だけど心がズキズキする…
 最近何かと話題になる「ルッキズム」。近年、美容医療が芸能人だけでなく一般の女性にとっても身近な存在になったせいなのか、...
渋谷はちょっと苦手になった更年期おばさん。着実に老化現象が進む予感!
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
自称・丁寧な暮らし派のいい嫁アピールLINE6連発!梅仕事に針仕事、新聞に毎朝アイロンがけまで…
 SNSを覗いてみると、「丁寧なくらしをする私はいい嫁アピール」が激しい投稿をよく見かけます。  そりゃあ、日々の生活...
Amazonで☆4つの高評価!「激落ちくん」お手軽価格&耐久性バツグンの神モップ“唯一”の弱点は?
 話題のコスメや、広告でよく見かける化粧品や日用品。「webでよく見るあの商品、本当にイイの?」「買ってみたいけれど、口...
気高きプリンスが降臨! 黒豹“たまたま”のお手入れは今日も完璧
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
とある路地裏で
 路地裏に立ち、しばらく観ていると、何かの絵に見えてくる気がする。
【女偏漢字探し】「性」の中に隠れた一文字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
子なし夫婦はつらいだけ? 子どもを産まない理由と5つの決断
「DINKs」という言葉があるように、「子どもを産まない」ということが近年では夫婦の選択肢の一つとして普通になってきまし...
フジ第三者委は1950件超の“証拠のやり取り”復元を成功!「デジタルフォレンジック」費用や要注意事項は?
 元タレントの中居正広氏(52)とフジテレビの元女性アナウンサーのトラブルによる一連の問題で、同局は3月31日、第三者委...