【西荻窪の女・土井かおり36歳 #2】
西荻窪の実家で母親の信美と2人で暮らし、工場でパート勤務をしているかおり。彼女は今の生活に特別な不満もなく、趣味のカフェ巡りとシフォンケーキの食べ歩きを楽しみながら、東京23区のすみっこでひっそりと暮らしている。【前回はこちら】
◇ ◇ ◇
『いつもおいしそうなシフォンケーキの情報ありがとうございます』
『シフォン好きだけど、巷には情報が全然ないので嬉しいです♪』
いつからだろうか、記録感覚だった自分のInstagramに、同じ趣向を持つ者たちが集まり始めたのは。
ハッシュタグにシフォンケーキとつけているだけ。僅かにいる友人にさえも、このアカウントの存在を教えていない。
それでもコツコツと運用して4年。気がつけば、5000人ほどのフォロワーになっていた。
――こんな投稿でも楽しみにしてくれている人がいるんだなぁ…。
フォロワーとの情報交換も嬉しい。投稿を見てお店に行った人の声を聞くことも、かおりの日々の活力源となっていた。
だけど、代わり映えのしない日常は相変わらずだ。
その日はなんとなく気分が晴れやかで、いつもより早い8時半に出勤してみた。
機械だけが並ぶがらんとした作業場内で、深呼吸する。
微かな物音が聞こえた。
子供の頃から男性が苦手だった
封函機のメンテナンスをしていた社員の宮本がいたのだ。身を隠すも、もう遅かった。
「おはようございます。今日ははりきっていますね」
「――はい」
はりきっている、が余計だと、面倒な重みを孕(はら)んだ返答をする。視線も合わせずに持ち場へと入った。
かおりは、男が自分に向ける視線が苦手だ。何もしていないのに卑下されている、そんな目線が。だからこそ、異性そのものを意識的に遠ざけている部分がある。
そうでない人もいることはわかっている。その偏見が、自分の自信のなさから来ることも。
とにかく、男と向き合うたびにかおりは嫌な気分になる。その意識は小学生の頃、男子にバカにされた時からずっと変わらない。そんな気持ちになるくらいなら、最初から関わりたくないから。
作業ジャンパーの下はお気に入りの古着
「土井さんは今日も面白い服ですね~」
空気を読むことなく彼は話しかけてきた。
かおりの作業ジャンパーの下は、近所の古着屋で購入したビビットなグリーンのセーターだ。それに合わせるのは高校生の頃にハンドメイドで作ったパッチワークのロングスカート。
信美によく、へんてこと評されているが高校生の頃から愛用するお気に入りの古着だ。この男も同じ意味で言っているのだろう。
「はい」
僅かに自分の中に存在する社会性が、2文字を紡ぎ出す。
無反応に屈したのか、彼はそれ以上、話しかけてこなかった。
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