工場での単純作業は悪くないが…恋愛経験ゼロの女に起きた“タグ付け事件”

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-02-10 06:00
投稿日:2024-02-10 06:00

【西荻窪の女・土井かおり36歳 #2】

 西荻窪の実家で母親の信美と2人で暮らし、工場でパート勤務をしているかおり。彼女は今の生活に特別な不満もなく、趣味のカフェ巡りとシフォンケーキの食べ歩きを楽しみながら、東京23区のすみっこでひっそりと暮らしている。【前回はこちら

  ◇  ◇  ◇

『いつもおいしそうなシフォンケーキの情報ありがとうございます』

『シフォン好きだけど、巷には情報が全然ないので嬉しいです♪』

 いつからだろうか、記録感覚だった自分のInstagramに、同じ趣向を持つ者たちが集まり始めたのは。

 ハッシュタグにシフォンケーキとつけているだけ。僅かにいる友人にさえも、このアカウントの存在を教えていない。

 それでもコツコツと運用して4年。気がつけば、5000人ほどのフォロワーになっていた。

――こんな投稿でも楽しみにしてくれている人がいるんだなぁ…。

 フォロワーとの情報交換も嬉しい。投稿を見てお店に行った人の声を聞くことも、かおりの日々の活力源となっていた。

 だけど、代わり映えのしない日常は相変わらずだ。

 その日はなんとなく気分が晴れやかで、いつもより早い8時半に出勤してみた。

 機械だけが並ぶがらんとした作業場内で、深呼吸する。

 微かな物音が聞こえた。

子供の頃から男性が苦手だった

 封函機のメンテナンスをしていた社員の宮本がいたのだ。身を隠すも、もう遅かった。

「おはようございます。今日ははりきっていますね」

「――はい」

 はりきっている、が余計だと、面倒な重みを孕(はら)んだ返答をする。視線も合わせずに持ち場へと入った。

 かおりは、男が自分に向ける視線が苦手だ。何もしていないのに卑下されている、そんな目線が。だからこそ、異性そのものを意識的に遠ざけている部分がある。

 そうでない人もいることはわかっている。その偏見が、自分の自信のなさから来ることも。

 とにかく、男と向き合うたびにかおりは嫌な気分になる。その意識は小学生の頃、男子にバカにされた時からずっと変わらない。そんな気持ちになるくらいなら、最初から関わりたくないから。

作業ジャンパーの下はお気に入りの古着

「土井さんは今日も面白い服ですね~」

 空気を読むことなく彼は話しかけてきた。

 かおりの作業ジャンパーの下は、近所の古着屋で購入したビビットなグリーンのセーターだ。それに合わせるのは高校生の頃にハンドメイドで作ったパッチワークのロングスカート。

 信美によく、へんてこと評されているが高校生の頃から愛用するお気に入りの古着だ。この男も同じ意味で言っているのだろう。

「はい」

 僅かに自分の中に存在する社会性が、2文字を紡ぎ出す。

 無反応に屈したのか、彼はそれ以上、話しかけてこなかった。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


大阪万博だけじゃない!行列で起きた“地獄と奇跡”8連発。推しの神対応、彼氏との悲劇…
 2025年4月にスタートした大阪万博も、残すところあと僅か。今回の万博は、何かと大行列ができることで話題になっていまし...
捨てにくい…!困った引き出物、賢い処分方法は?タオルは保護猫に寄付、2人の写真はリメイクで
 結婚式や祝賀会などの引き出物で、「正直いらない」と思ってしまったものはありますか? 折角の品物だと分かっていても、いら...
“にゃんたま”様の背後に潜む怪しい影…おわかりいただけただろうか
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「飲み=仕事」の時代を生きた酒豪おばさん、ついにリタイアか? 老化で変化した飲酒との付き合い方
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
花屋が一押し!敬老の日に「マリーゴールド」を贈りたい理由。長持ちさせるコツはある?
 今年もシビれるくらい暑い夏でございました。  最高温度は毎日のように体温超え。心配していたのは作物の生育。備蓄米...
賛成or反対? 職場にいる“2世社員”への本音。本人的には「バレたくない」ってなんで?
 あなたの職場に、親が会社の中心人物である「2世社員」はいますか? コネ入社ゆえに対応が厄介だったり、逆に出先では信頼さ...
「都合がいい時ばっかり!」未熟な若妻にイライラ…53歳の義母が下した“自己防衛”作戦
 息子が結婚をすれば、息子の妻(いわゆる「お嫁さん」)も家族の一員。だけど、“家族”だからこそ生まれる“摩擦”や“モヤモ...
業界人「あの子、お気に入り枠だから」の噂。芸能界に渦巻くタレント達の“自尊心と屈辱”のはざま
「この子、社長のお気に入りだから」  そういう一言を、私は何度となく耳にしてきた。現場に漂う空気は一瞬で変わる。誰...
ストレスとは「心のコップ」がたまること…自分からのSOSに気付く意外なヒント【専門家監修】
 2012年に59歳で亡くなったロック歌手・桑名正博さんとアン・ルイス(68)の長男でミュージシャンの美勇士さんや、タレ...
公園でのケガも学校のせい! ラスボス級“モンスター保護者”のヤバすぎる行動6選
 学校などに対し、自己中心的な要求をしたり理不尽に怒鳴り込みに行ったりするモンスターペアレント。そんな保護者に悩み、現場...
“イケにゃん”の貴重な大胆ポーズ♡ テレビ番組に夢中なプリンスの休日
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
部下の妻に恋をして…不適切な関係に焦がれた男の末路。色恋沙汰のスキャンダルの恐ろしさ
 職場や近所、SNS界隈に現れる「残念な人」、いますよね。実は今から約2000年前から現在に伝わる「聖書」にも「残念な人...
昼寝中の我が子がいない! 育児の恐怖体験エピソード。前世の記憶にゾッ…
 今回は、育児の恐怖体験エピソードを集めてみました。これらは誰にでも起こり得る出来事。育児真っ最中の方はぜひ参考にしてく...
【漢字探し】「嫁(ヨメ)」の中に隠れた一文字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
“クレクレ”ママがご降臨! 金持ちなのに「ランドセルもらえない?」って引くわ…ケチすぎLINE3選
 今回ご紹介するのは「ケチだな」と思ったLINE。ケチなのか、ケチではなくフェアなのか、人それぞれ基準は異なりますが、あ...
それ入れちゃう!?  我が家の「かさ増し食材」を大公開。節約×ダイエットにもベストな10選
 メニューの定番の食材を、別の食材で「かさ増し」させたことはありますか? 食費の節約、栄養バランスの調整、ダイエットなど...