三谷幸喜さん「『12人の優しい日本人』のヒット、こういう芝居をつくればいいと実感」

更新日:2024-09-25 17:03
投稿日:2024-09-25 17:00

【その日その瞬間】

 三谷幸喜さん
 (脚本家、映画監督/63歳)

  ◇  ◇  ◇

 最新映画「スオミの話をしよう」が公開中の三谷幸喜さん(63)。ターニングポイントとなった瞬間は、来年の再結成が話題の東京サンシャインボーイズ、最初のヒット公演という。映画や新刊のお話と併せて話してくれた。

 ──「12人の優しい日本人」(1990年)の公演が大きな出来事だったんですね?

三谷 そうです。実は劇団は最初の頃に一度解散しているんですよ。初めは大学の後輩や友達でつくって、本気で演劇で食べていこうという人たちではなかった。学生時代の思い出づくりに芝居をやろうという素人集団でした。お客さんは当然入らない。でも、それでもよかった。僕が大学を卒業した頃に解散しました。

 その後、テレビの放送作家を始めるあたりから、次は役者を志している人たちを集めてやってみようと決めて、結局、解散まで残ったメンバーが集まって第2次の東京サンシャインボーイズが出来上がったんです。

西村まさ彦は当時は劇団文化座にいて、僕がお芝居を見に行って誘いました

 ──メンバーが活躍される方ばかり。

三谷 後輩の友達が「面白いやつがいる」と紹介してくれた松重豊は2本ほど出演して去っていきましたが、彼の紹介で入ったのが梶原善でした。善が紹介してくれたのがミュージシャンの甲本ヒロトさんの弟の甲本雅裕と阿南健治。相島一之も後輩の友人の紹介。その相島が「銭湯で出会った面白い男」と誘ってきたのが近藤芳正。亡くなられた伊藤俊人だけが、僕と同じ日芸出身でした。

 西村まさ彦は当時は劇団文化座にいて、僕がお芝居を見に行って誘いました。小林隆はテアトルエコーの養成所で僕が書いたお芝居に出演した時の縁。

 僕の放送作家のギャラを使って毎回公演を打っていました。再結成後も、お客さんはなかなか入らなかった。あの頃の小劇場演劇というと、つかこうへいさんか野田秀樹さんの影響を受けた劇団がほとんど。僕みたいにニール・サイモンを意識したオシャレな喜劇を目指しているところなど一つもなかった。

 ニール・サイモンは学生時代から大好きでした。学校で見に行かされる新劇の難しい芝居はどれも苦手で、唯一気に入ったのがサイモンの「おかしな二人」。杉浦直樹さんと石立鉄男さん主演で。杉浦さんはテレビドラマ「あ・うん」の頃から大ファンで、それで余計にハマったのかもしれない。

 でも、そういった喜劇をいくらつくっても、当時の風潮とは真逆の作風なので、当然観客には受け入れられない。僕の脚本の技術も足りなかったんだと思います。再結成しても状況は変わらなかった。そんな頃に、芝居を見たテレビ関係者から深夜ドラマ「やっぱり猫が好き」のお話をいただけて、運よく脚本家としてデビューできました。それがきっかけで、ドラマのスタッフが芝居を見てくれるようになり、その頃から少しずつお客さんが入り始めた。

 ようやく劇団も軌道に乗って、役者も僕も少しずつ上達してきて、そろそろ次のステップに上がっていく時期なんじゃないかと思い始めた時に、「ここで一番やりたい芝居をやってみよう」と決めて書いたのが「12人の優しい日本人」でした。ヒットして再演(91、92年)し、僕が監督じゃないけど映画化(91年)もされた作品です。

 ──もとになった映画はシリアスな裁判ものの「十二人の怒れる男」(57年)ですね。12人の陪審員がひたすら議論する。

三谷 小学生の頃にテレビで見て、こんな面白い映画があるのかと思った。シリアスな話なんだけど、大の大人が汗水垂らして激論している姿が僕には喜劇に思えた。大学の頃に舞台版を見たんです。石坂浩二さんが主役を演じ、伊東四朗さんはじめ名のある俳優さんたちが出演されていた。これがまた映画版以上に面白くて。再演も含め8回見に行きました。自分でもいつかは舞台でやりたいと思っていたけど、「これを超えるお芝居は僕にはつくれない……」と諦めた。じゃあ、コメディーとして新たに自分の「12人」をつくろうと考えて、それが最初のきっかけです。

 稽古場では「僕らも模擬陪審員裁判をやろう」と提案して、陪審員役を演じる役者たちに裁判ものの映画を見せた。アメリカ映画の「或る殺人」(59年)と野村芳太郎監督の「事件」(78年)。判決が出るクライマックスシーンの前でビデオを止めて「これは有罪か、無罪か」を真剣に議論し合ってもらった。かなり盛り上がりました。そんなことも参考にして台本を練り上げていきました。

 でも、稽古している最中は、この芝居が本当にウケるのか、すごく不安でした。ワンシチュエーションで暗転もなく、ひたすら12人の陪審員が「有罪だ」「無罪だ」と議論していて、しかもコメディー仕立て。そんなお芝居、僕らもやったことがないし、お客さんも見たことがないはず。もしかしたら、みなさんキョトンとして、すぐ飽きてしまうんじゃないかと。

 でも、初日の幕が開いたら、びっくりするほど反応がよかったんですよ。僕も役者として舞台に出ていたから、今もその日のことを実感として覚えている。「怒れる男」とは正反対で、ずっと無罪を主張していた陪審員たちが1人ずつ有罪に考えを変え、最後に2人だけが残る。そこから、あることをきっかけに、無罪派の反撃が始まるんですが、その瞬間の客席の空気がガラリと変わった感じ、いまだに鮮明に記憶に残っています。まるで野球観戦で大逆転していくチームを応援するような盛り上がりでした。こんなにお客さんがのめり込んで楽しんでくれた舞台は初めてだったから、僕も役者たちも驚きました。

「そうか、僕はこれからこういう芝居をつくればいいんだ!」と感じられたその瞬間が、僕のターニングポイントだったと思います。

 あれから34年、今年つくった「オデッサ」(柿澤勇人、宮澤エマ、迫田孝也出演)で同じ体験をしたんです。説明が難しいんですが、この芝居も僕にとっては初の試みで、コメディーではあるんだけど、これまでつくってきたものとつくりが全く違った。自分としてはかなりの冒険で、幕を開けるまでは正直、お客さんの反応が不安で仕方なかった。ところが、始まってみると予想をはるかに超えた反響があった。毎回、客席が新しい形の芝居を見た興奮に包まれているのがわかったんです。

 その時に「この感覚は12人の優しい日本人と同じだ。僕はあの瞬間にもう一度立ち会っているんだ」と感じました。そういう意味でも、34年前は大きなターニングポイントでした。

長澤まさみ主演「スオミの話をしよう」は舞台と映画のいいとこ取り

 ──新作映画「スオミの話をしよう」も、ひとつのシチュエーションのシーンが続くお芝居のようなつくりでもありますね。

三谷 僕がずっとつくってきた舞台と映画のいいとこ取りみたいな形になった気がします。台詞が多い台詞劇で演劇的なのに、細かいディテールにかなりこだわったので、映像は映画的に仕上がって、面白くなったと思いますよ。

 スオミ(長澤まさみ)と結婚してきた5人の男がスオミを捜すために集まり、それぞれスオミのことを語るけど、みんなスオミ像が違う。5人の人格を長澤さんが演じ分けるところが見どころなんですが、長澤さんいわく「これはスオミがいなくなった後の男たちの物語。面白いのは、男たちが右往左往するところ」だと。まあ、そのどちらもが見どころですね。

 ──「スオミの話をしよう」や大河ドラマなど創作秘話を語った「三谷幸喜 創作の謎」も刊行。来年2月は劇団の公演。相変わらず忙しいですね。

三谷 僕はあまり自作について語らないのですが、本では10年余りの作品やこの先の仕事についても話してます。これからも当然新しいスタイルに挑戦したい。喜劇のスタイルはひとつじゃないし。模索は続きます。

(聞き手=松野大介)

▽三谷幸喜(みたに・こうき) 1961年7月、東京都出身。脚本家として「古畑任三郎」シリーズや大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、監督作品に「ラヂオの時間」など多数。新作「スオミの話をしよう」全国公開中。新刊「三谷幸喜 創作の謎」(三谷幸喜×松野大介/講談社)発売中。

エンタメ 新着一覧


セレブとはなんぞや? 日本版「スカイキャッスル」の楽しみ方と“伸びしろだらけ”俳優
 本家韓国版「SKYキャッスル」に比べてチープ過ぎる、と酷評されている「スカイキャッスル」(テレビ朝日系)ですが、私は毎...
蠢く2組の恋模様。“台所公開プロポーズ”で攻める航一、漢・轟太一は堂々のカミングアウト
 直明(三山凌輝)と花江(森田望智)はそれぞれの同居に対する思いを語る。猪爪家を離れるのが寂しいと言う直明に対し、花江は...
桧山珠美 2024-08-17 06:00 エンタメ
論破王ひろゆき氏ばりに反論!直明の婚約者、放送終了間際でも爪痕を残す
 結婚しても同居を続けたいと主張する直明(三山凌輝)と、同居に反対する花江(森田望智)の対立は続いていた。どちらの気持ち...
桧山珠美 2024-08-15 16:20 エンタメ
再び東京編で“嫁姑”。花江はサザエさん、寅子はこんもりマダムヘアーに
 寅子(伊藤沙莉)と航一(岡田将生)は、互いの思いを確かめ合う。  そして昭和30年、東京に戻ることになった寅子は...
桧山珠美 2024-08-12 17:00 エンタメ
【写真特集】ぎらついていた時代のKAT-TUNメンバーたち
  【この写真の本文に戻る⇒】中丸雄一はいつまで地下に潜む? “アパ丸君のざわめく時間”を描く日は来るのか
中丸雄一はいつまで地下に潜む? “アパ丸君のざわめく時間”を描く日は来るのか
 いやあ、驚きました。人は見かけに寄らないというか。KUT-TUNの中丸雄一(40)のことです。  女子大生とのア...
朝ドラ史上に残るラブシーン。インテリはこれだからー!視聴者をやきもきさせた深夜の本庁トーク
 優未(竹澤咲子)から、思わぬところに優三(仲野太賀)の手紙が入っていたことを教えられた寅子(伊藤沙莉)。寅子のことばか...
桧山珠美 2024-08-10 08:58 エンタメ
寅子と航一どうなる? 花江訪問、涼子忠告、優三ラブレターの“一押し”3連チャン
 予想していなかった人物の突然の訪問に、喜びを爆発させる寅子(伊藤沙莉)。優未(竹澤咲子)と稲(田中真弓)も加わり、4人...
桧山珠美 2024-08-08 17:00 エンタメ
フワちゃん炎上で再評価? 竹内涼真ら「誤爆」で好感度が上がった芸能人
 タレントのフワちゃん(30)がお笑い芸人のやす子(25)に向けて放った暴言が大きな騒動を巻き起こしている。8月4日、X...
【写真特集】懐かしい!16年前の渡辺梓さん
  【この写真の本文に戻る⇒】「じゅん散歩」のロケに突然、朝ドラ女優が登場! しかも黒髪から“ファンキーヘア”になって...
「じゅん散歩」のロケに突然、朝ドラ女優が登場! しかも黒髪から“ファンキーヘア”になっていた
 リモートワークの日は、羽鳥さんのモーニングショーからそのまま「じゅん散歩」(月〜金曜9時55分、テレビ朝日系)を見るの...
「クソばばあ」に「クソ小僧」、涼子のリアクションにも注目
 寅子(伊藤沙莉)は、戦争によって航一(岡田将生)が背負った苦しみに寄り添いたいと思う。  一方、寅子から「よりど...
桧山珠美 2024-08-08 16:37 エンタメ
早くも“NHK御用達俳優”の片鱗が?「虎に翼」出演の岡部ひろきはそんじょそこらの2世俳優とは違う
 1日放送「ダウンタウンDX」(日本テレビ系・読売テレビ制作)に故・西城秀樹さんの息子・木本慎之介(20)が出ていました...
なぜ令和ロマンは賞レースに出続ける?3冠制しヘイトも無視する戦闘力
 芸歴10年以下のお笑い賞レース「ABCお笑いグランプリ」(テレビ朝日系/以下ABC)が7月7日に開催。M-1に続き、令...
帽子田 2024-08-03 06:00 エンタメ
航一の秘密、明かされる。久々の回想シーンでも発揮した直道の顔芸パワー
 判決後、涼子(桜井ユキ)の店で寅子(伊藤沙莉)らと杉田(高橋克実)たちは偶然顔を合わせる。  戦争で娘と孫を亡く...
桧山珠美 2024-08-02 16:00 エンタメ
【写真特集】ワンピース姿を披露する、珍しく清楚なあやまん監督
【この写真の本文に戻る⇒】 【独自レポ】あやまんJAPANは健在だった! Tバックにぽいぽいコール、コンプラ無視の危ない...