目の前の「読者」の感想がくすぐったい
ありふれた晩ごはんの会話。その中で、自分の記事の話題が上がっている。書いたのが目の前にいる家族だとは誰も知らない。
――こんな記事でも、読んでいる人がいるんだ…。
小学生の息子が釣りタイトルに反応していたのは複雑だが、読者を目の当たりにして、心の中がくすぐったくなった。
「どうしたの、ママ」
しばし固まっていた私の顔を大和が覗く。ごまかすように、網の上でカリカリになった豚トロに咄嗟に手を伸ばした。脂だらけの親しみやすい濃い塩味が口の中にひろがった。
話題はすぐに、息子たちの塾や学校の人間関係の話に移る。
私はずっと興奮していた。もしかしたらこの昂りは、歓びなのかもしれない。
お肉の味も忘れた。昼間に飲んだコーヒーの味も忘れた。私の書いたネットニュースは、夫も息子も明日には忘れているだろう。
だけど…。
明日には忘れられる記事かもしれないけど…
帰宅し、ソファに寝ころびながらスマホを手にし、ネットを開いた。
SNSにリンクされたネットニュースの数々を読みながら、知らぬ間に時間を忘れていた。何も考えず、猫とグルメとスキャンダルの情報を摂取しているうちに、胸の靄(もや)がいつの間にか晴れている。
家族もお笑い番組を見ながら、他愛もない会話を繰り広げていた。
「この芸人も出すぎて飽きたなあ」
「大和もそう思うか。秋にレギュラーも2本終わるって噂があるしね」
「えーそうなんだ。まーいいけど」
「クラスの友達には内緒だぞ」
「あ、次のコーナーはラーメン特集だって! 楽しみだなぁ」
コンビニのコーヒーでも満足させることができる
どうでもいい会話に花咲く笑顔。すぐ枯れる小さな花。それはあまり美しくもないかもしれない。平和な日常の脇役にすぎないけど、一瞬でもその時間を楽しんでくれている誰かがいる。
予約困難な一杯のコーヒーは確かにおいしいけど、コンビニコーヒーの方がたくさんの人を満足させているのは事実。
起き上がって、私は再びパソコンを立ち上げる。リビングテーブルの前で胸を張る。
――でも、いつか、きっと…。
誰でもできる仕事なんてない。
キーボードを打つ圧がいつの間にか強くなっていることに、息子から注意されるまで私は気が付かなかった。
Fin.
ライフスタイル 新着一覧