少しだけ「あの頃」を思い出す
梅が丘にある小さなアパートで、TSUTAYAで借りた映画を21インチのテレビデオに映し出し、同じ方向をまっすぐ見ていた頃を思い出す。今もまた、共に子供のいる方向をぼんやり眺めているのは共通している。
銀二のひとり語りによると彼の妻は商社に勤めるキャリアウーマンという。飲み屋で知り合い、強引なアプローチに流されるまま結婚したそう。銀二は今、旅行会社で働く営業マンだそう。
「ああ、だから…」
「そう土日出勤が多いから、今日は休みでチビのお守り。ねえ、凛ちゃんの着ているアンパンマンのズボンいいね。どこで買ったの?」
「ホームズの西松屋だけど」
「へぇ、今度見てみるか。うちの息子もアンパンマン好きでさ」
「でも、サイズがね――」
と言ったところで、真央は口を噤(つぐ)んだ。
「真央はずいぶん落ち着いたよね」
これ以上、会話を続けたくなかった。掘り下げたい部分はあったものの、知りたくない思いが勝った。
「…どうした?」
整えられた短髪に、綺麗に剃ってあるヒゲ、クロコダイルのワンポイントが入った長袖のポロシャツは、今の銀二にピッタリと似合っている。
「武が…小学生の息子が帰ってくるから、そろそろ」
「へぇ、お兄さんは、武くんっていうんだ。実はさーうちのチビ、礼音(れおん)っていうんだよねー」
「そう。じゃあまた」
なぜかテンションが高くなった銀二を適当にあしらって、真央は凛の手を取り出口に急いだ。すると、思いもよらない言葉が背中を突き刺した。
「でもさぁ、今日はびっくりしたよ。真央はずいぶん落ち着いたよね」
あの短い間に、凛は礼音くんとだいぶ仲良くなったようだ。
礼音くんの名残惜しそうな「リンちゃんまたね」という声が、キッズルームの奥から聞こえてきた。
【#3へつづく:お互いの「子どもの共通点」に愕然。平凡になったのは元彼と私、どっち?】
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