浜崎あゆみの歌詞を噛みしめる
「掃除、終わったよ。武を呼んで風呂入ってくるね」
「うん、ありがとう」
武と入れ替わりに文敏が24時間保温のシステムバスへ向かう。
人造大理石のキッチン天板、夫のおかげでピカピカになったビルトインコンロを見つめる。何もかもが恵まれた暮らしやすい環境、住居。ありふれた幸せがここにあることを実感する。
絵本を読みながらいつのまにか眠ってしまった凛に毛布をかけ、テレビ画面に目をやると、平成の懐メロ特集がやっていた。
浜崎あゆみのSEASONSが流れている。口ずさみながら歌詞を噛みしめる。
真央は、いい歌だと素直に実感した。何回もカラオケで歌っていたはずなのに、はじめて気づいたことだった。
『真央はずいぶん落ち着いたよね』
銀二の言葉を反芻する。口調に落胆が込められていた。彼もまた、あの時のままの真央を心の中でずっと飼っていたのかもしれない。
――別にいいよね、平凡になるのも。
バンドTシャツに彼も気づいているはず
数日後。天気のいい秋の昼下がり。棟に囲まれた円形広場のベンチ。
幼稚園バスのお迎えの時間まで、色づきはじめた並木道に時の移ろいを感じながら真央はその美しさにふける。落ち葉に染まる鮮やかな街路、枯葉を脱いだ木々の趣、その先の季節の変化に想像を膨らませる。
「おう、どうも」
誰かの挨拶の声が聞こえてきた。声の主の方を向くと銀二がいた。隣には、妻とみられる女性と、礼音くんがいる。
「こんにちは」
笑顔で頭を下げ、真央はご近所さん以上の対応をすることなく、すぐ立ち去った。気まずかったわけではない。むしろ微かに胸が波打ったことが隣の女性に対して申し訳なかった。
彼がユニクロのフリースの下から覗かせていたのは、ZAZEN BOYSのTシャツだった。今自分がカーディガンの下に着ているものと色違いだ。
メルカリにでも出そうかとクロゼットから出して放置していたが、なんとなく最後に着たくなって外に出てしまった。やっぱり売りに出さないことを決意する。
普通を自覚しながらも、それでも僅かな自意識のかけらがある自分もほほえましい。
この場所の心地よさを素直に受け入れながら、真央は箱庭の空を見上げた。
Fin
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