3月、娘の受験結果は…
3月。
めでたく第一志望に合格した美愛は、入学式はまだ先にもかかわらず、毎日のように制服に袖を通し、一日を過ごしている。
はじけるような、美しい笑顔。
長いまつ毛の先まで嬉しそうな美愛の様子に、こちらもなんだか顔がほころぶ。
やはり自分は母親なのだ。
これでよかった、のだ。
結局は、彼女の選んだ幸せを祝福できることにホッとした。不完全燃焼を肯定するための自己暗示ではなく、素直に感じる。
毒に染まる前で踏みとどまれた自分を褒める。
どこかで聞いたような進路だけど…
「ママ、ありがとう」
姿見の前で誇らしげに制服姿の自分を見る美愛に、針を持つ手がとまった。
相変わらず、刺繍は続けている。志望校を決める際の一悶着があってから、傷ついた自分の心のほころびを縫うように、沼に嵌っていった。
「ママが『受験しよう』って誘ってくれなきゃ、今の嬉しい私はないから」
「そうかしら? 私が言わなくても、あなたは結局受験していたかもよ」
「してないよ。クラスの仲いい友達はみんな近くの中学行ったもの」
血は争えない。周囲に流されやすい資質があることは違いないのだ。
聞けば、数ある難関校の中で合格した第一志望を選んだのは、アナウンサーになりたいからだという。中学・高校からそのままあの大学に行って、ミスコンに出るのだそうだ。
どこかで聞いたような王道ルートをトレースしているよう。…だとしても、目の前にある多くの選択肢の中から、美愛自身が能動的に選んだひとつだ。
私も能動的に始めよう
「受験も終わったし、私もなにか仕事とか始めようかな」
呟くと、美愛は即答した。
「いいじゃん! 刺繍屋さんで働きなよ」
刺繍屋さん。子どもの発想だが、よく考えてみれば、それもアリだと感じる。趣味を生かして、ハンドメイドのネットショップなどできるかもしれない。
「そうねぇ…」
お茶を取りに立ち上がると、彼女の笑顔が自分の顔のすぐそばにあった。
いつの間にか娘の身長も自分に迫ってきている。追い越されるのも時間の問題だ。
Fin
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