「時代とFUCKした男」加納典明(1)56年前、草間彌生と芸術的なクロスをした「FUCK」

更新日:2025-04-15 17:03
投稿日:2025-04-15 17:00

写真家・加納典明氏(83)

 小説、ノンフィクションの両ジャンルで活躍する作家・増田俊也氏による新連載がスタートします。各界レジェンドの一代記をディープなロングインタビューによって届ける口述クロニクル。第1弾は写真家の加納典明氏です。

  ◇  ◇  ◇

増田「若い頃から憧れていた典明さんにお会いできて光栄です」

加納「こちらこそ。増田さんの名前は『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』とかの暴れっぷりで知ってます。あれなんか、物凄く話題になったから部数も売れたでしょう」

増田「僕はある意味で典明さん世代の芸術家のチャイルドなんです。だから常に先鋭的でありたい。木村政彦本では先鋭を目指したわけではないですが、結果的にエッジの利いたものになってるのは典明さんたちの影響を多大に受けているからだと思っています」

加納「そう言われるとうれしいね。若い世代の表現者から」

増田「いやいや、もう59歳ですから(笑)」

加納「まだこれから何でもできる。俺なんて83歳だけどバリバリだよ。これからまだ挑戦者としてやっていくよ」

増田「やっぱり典明さんはすごいですね。今回の企画はこれまで他のマスコミを通じて作られてしまった典明さんの背骨の部分、本当の姿に、400字詰め原稿用紙換算350枚から400枚くらいかけて深く迫ろうというものです。1週間かけて大量の資料を読み込みましたが、インタビューとか対談、過去から現在までたくさんの記事が残ってます。でもどれも表面をさらりとなぞったものばかりです。まず尺が短すぎる。400字詰め原稿用紙換算で1枚とか2枚、せいぜい3枚から4枚かな」

加納「そうだね。そんなものだろう」

増田「興味本位ののぞき見趣味で加納典明の姿を歪め、典明さんが誤解されるもとになっています」

加納「どうしてもそうなっちゃうよね」

増田「マスコミの求めに応じて踊らされてエキセントリックに取り上げられて」

加納「1時間とか2時間でちょっとしゃべって撮影してだとそれしかできないからね。向こうが求めてる言葉もわかるからリップサービスしちまう」

増田「あんな短い記事で何が語れるのかということですよ。だから今回は本当にディープにいきたい。最初から核心を言いますと、僕が今回、まずお聞きしたいのは草間彌生さん*のことなんです」

※草間彌生(くさま・やよい):現代日本を代表する芸術家・画家。96歳。1929年松本市生まれ。京都市立美術工芸学校絵画科卒。幼いころから統合失調症の幻覚や幻聴をもとに水玉や網目模様の独特の絵を描きはじめる。1957年に渡米しニューヨークを拠点に男根オブジェなどをモチーフとしたインスタレーションを繰り返す。1969年、渡米した加納典明が乱交パーティーを撮影した「FUCK」が話題となり、日本でも大ブレーク。現在は都内の精神科病院に入院しながら、毎日、門の外に建てたアトリエに通って作品を描き続けている。ルイ・ヴィトンが巨額の権利料で草間の絵をバッグや財布などに採用していることでもその巨匠ぶりがわかる。

加納「ああ。そういうことですか。なるほど……」

個展「FUCK」の挑戦的で衝撃的なエロス

増田「1960年代に典明さんと草間さんがニューヨークで奇跡的な邂逅(かいこう)をし、芸術的なクロスをした。僕がメディアでの典明さんの発言の裏をじっくり読み解いていくときに感じているのはそういう部分なんです。典明さんは写真家というより芸術家という言葉のほうが似合う人です。僕はそう感じてる」

加納「そんなふうに言ってくれる聴き手は初めてです」

増田「だってそうでしょう。草間彌生さんと一緒に出てきたんだから」

加納「それ、前から知ってんですか?」

増田「もちろんです。1969年の『FUCK』ですよ」

加納 (険しい目になって上半身を立てる)

増田 「あの年、ニューヨークで典明さんは草間彌生さんとクロスした。そこで撮った『FUCK』が後々の日本の美術界をぐらりと揺らした。白人男性が黒人男性のペニスをくわえたり、挑戦的で衝撃的なエロスです。男女も男同士も挿入場所がはっきり写ってます。特殊なカラーフィルムを使って、撮影方法も他の写真家では真似できないものでした」

加納「そう。赤外線フィルムを使った」

増田「米軍がベトナム戦争*のために開発した空撮用の赤外線フィルムですね。赤外線は可視光線を遮りますから、さまざまなエフェクト(撮影効果)があったわけですよね。唇が黄色になったり、茶系の髪が赤色になったり、血管が強調されたり」

※ベトナム戦争:1955年に共産主義の北ベトナムと資本主義の南ベトナムの間で起こった戦争。ソ連とアメリカの代理戦争であった。1964年にアメリカ軍が全面的に軍事介入したが、最終的に1975年まで延々と続き、北ベトナムのゲリラ戦に苦戦したアメリカが大敗した。

加納「そうですそうです」

増田「モノクロ写真も当時流行の美しさを蹴ってグランジ(『汚いもの』を意味するアメリカの俗語)な空気感を作ってます。リチャード・アヴェドンやヤスヒロ・ワカバヤシの影響を大きく超えて新しい挑戦をしていますね。ニューヨークへ行ったのは何歳だったんですか」

外国人男性のグラビアが伝説的編集者の目に留まり…

加納「26歳です。名古屋から東京に出てきて、ニューヨーク行くまでは言ってみりゃフリーとしてやってました。それで食うには困らないくらいの仕事はしてた。広告写真を主にーー要するにお金になる仕事はそれこそ雑な仕事から、活版仕事からグラビアから、いろいろやってましたよ。食うだけならそれでぜんぜんよかった」

増田「ニューヨークに移住しようとしたんですか?」

加納「いや。完全に向こうへ行っちゃったわけじゃなくて、あのころ平凡出版が平凡パンチでニューヨーク特集をやろうという企画があったんです」

増田「ニューヨークなんてまだ簡単には行けない時代でしょう」

加納「そう。異国もいいところの時代で。簡単には行けませんよ。それが僕に白羽の矢が立ったんです。なぜかっていうと、その少し前から僕は平凡パンチでヌードを撮るようになってたんです」

増田「平凡パンチがビッグバンの基点だったと」

加納「そういうことになるね。当時、アサヒカメラとかカメラ毎日とか、カメラのアマチュアの専門誌があったんです。そのどっちかの雑誌で僕がグラビアを撮ったんですよ」

増田「女性のヌードですか?」

加納「いや。男。テオ・レゾワルシュというフランスのパントマイマーが日本へ来てて、それを海岸連れてっていろんなとこで撮った。8ページぐらいのグラビアをモノクロで出した。それを平凡パンチの石川次郎*とか椎根和が目に留めていたんですね」

※石川次郎(いしかわ・じろう):1941年東京生まれ。編集者。早大卒後、平凡出版に入社。「平凡パンチ」の編集者として活躍した後、いったん退社。その後、再入社し、「BRUTUS」や「ターザン」などの創刊編集長になって一世を風靡。1994年から8年間、テレビ朝日系列「トゥナイト2」のキャスターを務めた。

増田「お2人とも伝説的な編集者です」

「平凡パンチなんて世の中に害毒をまき散らす雑誌だろ」

加納「その椎根和がバーの飲み友達だったんです。で『加納氏、今度、うちで女のヌード撮ってみない?』って言うわけですよ。だから僕は『おまえさ、平凡パンチなんて世の中に害毒をまき散らす雑誌だろう』って言ってたぐらいなんですよ。ヌードったって現代のようなものはプレイボーイにしてもまだやってなかった。私の2世代上の人たちが撮ってた時代で、巻頭グラビアというのはいかに女性の体を奇麗に撮るか、美しく撮るかというような時代だった。

私の時代というのはもうやっぱり、全共闘じゃないですけれども、言ってみりゃ、若者が社会に対してどう物を申すかという時代になってた。僕なんかはさらに性格的にもそういうとこ強いですから『そんな世の中に害毒を流してる雑誌で撮れるか』なんて言ってたんですけど、しつこく頼んでくるわけですよ。『そういうこと言わずに、加納さん頼むよ』って」

増田「プレイボーイなんかでヌードグラビアはまだなかったんですか」

加納「あったけど、言ってみれば泰西名画の延長みたいな、いわゆる美人ヌードというやつで。で、僕が、じゃあしょうがない、やるかつって2、3本撮ったんですよ」

増田「それが受けたと」

加納「すごく受けて売れたらしいんですよ」

増田「それで69年にニューヨークに行った」

加納「そうです」

(第2回につづく=火・木曜掲載)

▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。

▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞、12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が好評発売中。

エンタメ 新着一覧


50歳北村有起哉の高校生は、もはやコント!博多大吉「物事には限界がある」のごもっとも
 糸島フェスティバルで披露するパラパラの練習で米田家の門限に間に合わなくなった結(橋本環奈)。陽太(菅生新樹)は「結とつ...
桧山珠美 2024-10-15 16:30 エンタメ
「三角チョコパイ」CMのイケメン誰!? ENHYPEN唯一の日本人メンバー、NI-KI(ニキ)から目が離せない
 ようやく秋めいてきました。ひと昔前ならば、虫の鳴き声や木々の色づきで秋を感じたものですが、最近は地球温暖化の影響で秋と...
皆さまのNHKが、ギャル文字に字幕解説をつけた!
 博多ギャル連合(ハギャレン)のルーリー(みりちゃむ)は、真夜中に天神界隈でブラブラ歩いている時に男たちに囲まれ、そこに...
桧山珠美 2024-10-12 06:00 エンタメ
【募集】秋ドラマ何見てる?『海に眠るダイヤモンド』『わたしの宝物』など注目&ガッカリを教えて!
 コクハクでは2024年秋ドラマを対象としたアンケートを実施します。あなたが現時点で「面白い、期待している」ドラマ、そし...
銀縁メガネの特徴で「福西のヨン様」と新聞の見出しまで躍っちゃうの?
 結(橋本環奈)は、同じ糸島東高校で幼なじみの陽太(菅生新樹)が出場する野球の試合を、書道部の先輩・風見(松本怜生)や恵...
桧山珠美 2024-10-10 18:24 エンタメ
ハギャレンメンバーで唯一、ホンモノのギャルは誰でしょう?
 博多ギャル連合(ハギャレン)の総代でギャルのルーリー(みりちゃむ)から半ば脅迫された結(橋本環奈)は、書道部の風見先輩...
桧山珠美 2024-10-08 16:50 エンタメ
眞栄田郷敦離婚からの高良健吾×田原可南子“結婚&妊娠”Wおめでた報道に抱くもの
 あのゴードンが帰ってきました。「きかんしゃトーマス」のゴードンではありません。眞栄田郷敦のことです。  父親(千...
『極悪女王』は“嫌われ女”3人の逆襲か。ゆりやん、剛力彩芽、唐田えりかが必然だったワケ
 9月19日にNetflixでドラマ『極悪女王』(全5話)が配信開始されました。ゆりやんレトリィバァさん演じるダンプ松本...
【写真特集】上村愛子×皆川賢太郎 結婚発表会見は“白のペアルック”、満面の笑みでカメラ目線も
【この写真の本文に戻る⇒】“冬季五輪夫婦”上村愛子&皆川賢太郎離婚の衝撃。「円満離婚」するカップルは揉めてないのは本当か...
timelesz 菊池風磨に「優秀な面接官」と称賛。人事のプロはどう見た?
 9月13日より配信が開始されたオーディション番組『timelesz project -AUDITION-』(Netfl...
クズのくだりに違和感。マツケン演じる栄吉のカラオケは「おむすび」の名物シーンに?
 天神のゲームセンター近くでギャルたちに出くわした結(橋本環奈)が、しつこく博多ギャル連合(ハギャレン)への加入を求めら...
桧山珠美 2024-10-03 17:05 エンタメ
15分の放送がとても長く感じるのはなぜ?平成ギャルと視聴者の戦いかも
 書道部に入った結(橋本環奈)は、先輩の風見(松本怜生)の言動に心ひかれるようになり、青春を謳歌している気分になるが、ク...
桧山珠美 2024-10-02 17:10 エンタメ
そう来たか!橋本環奈の台詞「“朝ドラ”ヒロインか!」に込められたメッセージは…
 平成16年、福岡県糸島で農業を営む父・聖人(北村有起哉)、母・愛子(麻生久美子)、祖父・永吉(松平健)、祖母・佳代(宮...
桧山珠美 2024-09-30 17:30 エンタメ
菅田将暉『眉毛 なぜ』の話題で持ち切り。菅田3兄弟から目が離せない!
 菅田将暉(31)は見るたびに印象が違います。たとえば、先日の「あさイチ」(NHK)プレミアムトークに出演した際は、「デ...
ヒロインがすでに亡くなっている…! “地獄の道”を歩んだ佐田寅子は特別な女性だったのか?
 さまざまな仕事をかけ持ちし、多忙な毎日を送る優未(川床明日香)。花江(森田望智)もひ孫に囲まれ平穏に暮らす。航一(岡田...
桧山珠美 2024-09-28 06:00 エンタメ
ニコイチだった目黒蓮「海のはじまり」と松村北斗「西園寺さん」、株を上げたのは…?
 夏ドラマで“シングルファーザー”設定かぶりで話題となった、Snow Man・目黒蓮さん(27)主演の「海のはじまり」(...
こじらぶ 2024-09-28 06:00 エンタメ