あれから20年。ヤスさんも来年還暦になる
ここにたどり着いたのは、20年前。百恵がつかず離れずだった恋人のような男と、完全に離れること決意した夜だった。
度重なる相手の浮気――恋人と認め合ってはいなかったから、厳密に言うと浮気ではないのかもしれない。だけど、時には愛し、時には殺したいと思うような、そんな疲弊した彼への感情に終止符を打つべく、クリスマスの夜、彼に繋がるすべての連絡手段を消した。
感情の行き場を失い、途方に暮れていた夜。吉野家のカウンターでひとり泣いていると、ヤスさんにナンパされた。そしてここに連れてこられた。
ヤスさんには当時入院中の奥さんがいて、自称『下心は特になく、とにかくかわいそうだったから』連れてきてくれたという。
「…そっか、あれから20年。俺ら全く変わんねえな」
ヤスさんは来年還暦である。百恵もあと干支が一回りすると今のヤスさんと同じ年になる。
何度も死を願った男の「死亡通知状」
『毎々』でいつものように時間を潰し、百恵が自宅アパートにたどり着いたのは日付が変わった頃であった。
ほろ酔いの多幸感に浸りながら、レターボックスを覗き、部屋に入るいつものルーティーン。入っていたのは、不用品回収、くもん教室、マンションのチラシ。いつもの如く丸めてゴミ箱に捨てようとすると、固い違和感に気づく。
ハガキが一枚あった。
死亡通知状だ。グレーの背景を背負って、昔、何度もその死を願った男の名前がそこに書いてあった。
『夫・大野壮一儀 かねてより肝臓がんで療養中のところ、養生相叶わず4月30日 50歳にて永眠いたしました』
差出人は、彼と同じ苗字の知らない女の名前だった。20年も会っていないのだ、結婚も病気も死にもするだろう。
ただ、50という数字、そして、自分もついに知り合いの訃報が来る人生のターンになったことを百恵は実感する。
百恵は、上京してはじめて住んだこの街・赤羽に今も暮らしている。
就職、結婚、出産。その時々のライフステージに百恵はずっとあぶれてきた。赤羽は、そんな百恵にも居場所を与えてくれる。最近は、若い人がテレビや漫画を見て物見遊山でやってきて、観光地のようになってしまったけれど。
ライフスタイル 新着一覧


