子供の“粗相”は許して当然? 鼻につく母親の口ぶり…私は「子連れの女」に同情することにした【大磯の女・水野実久28歳】

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-07-12 11:45
投稿日:2025-07-12 11:45

正反対な女ふたりの悲しい共通点

 少年真っただ中の、男の子の目元は、私の愛する少年のような中年にそっくりだった。

 一度目を逸らし、恐る恐る再び凝視する。水泳帽に書かれた名前が目に入った。

『あだち かんた』

 名前も苗字も、彼の顔にピッタリだった。

パラソルの隣の謎の親子、実は……

「わかった、帰ろう。なんか食べて帰る?」

「今日、パパは?」

「大阪に泊りで出張なの。たこ焼き買って帰ろうか」

 ざわめきの中、彼女と子供たちの会話だけが際立って聞こえる。もしかしたら、聞こえるように話しているんだろうか。

 ――わざとここに……? 

 夫のスケジュール帳や、インスタのDMのやりとりを覗き見てきたのかもしれない。

 妻が、夫の愛する人の前に来て、やることと言ったらただひとつ。私は唾をごくりと飲み込んだ。

「いつもの豚まん、買ってきてくれるかなあ」

 本当の少年が弾んだ声で言う。私は耐えられず、その場を立った。

 逃げるために――。

「ごめんなさいね」

 母親の女性は、なぜか申し訳なさそうに頭を下げた。私もつられて頭を下げた。そして目の前の流れるプールに逃げ込んだ。

彼女の「謝罪」の意味は

「ハァ…」

 浮き輪に身を委ねて、彼女の謝罪の意味をずっと考えていた。

 そのまま受け取れば、子供が騒いでごめんなさい、ということだろう。だけど、素直に受け取れない病に罹っている私にとって、何重もの意味があるものに思えた。

 ――何しに来たんだろう。

女の正体はやっぱり…同時にホッとする自分

 1周回って、インスタを再び開く。彼からのDMはまだ来ていなかった。かわりに、ストーリーズにハートマークが押されていた。きっと、いまここに急いで向かってくれている最中だ。

 やっぱりそんなことない。いつもの考えすぎだ。

 無理やりそうであってほしい方向に結論付けようとしたところ、見知らぬアカウントからのハートマークがあった。

 興味本位でたどってみる。

 ――やっぱり。

 嫌な予感は、この時点で当たっていることが確定した。

 行きついたのは、さっきまでの隣人と思われるインスタアカウントだったから。だが、それと同時に、どこかホッとする自分もいた。

 ――本当に、あの人、仕事だったんだ……。

 仕事とかこつけて、家族といることが私にとって最悪のパターンだったから。

彼は自分の元にやってきたけれど、あれ?

 時間軸的に、きっとあの女性は、ずっと監視していたであろう私のインスタの投稿を見て、ここにやって来たはず。

 彼と私が一緒にいないことを、本当に仕事に行っていることを確定すべく、心の安寧を得に来たのだろう。

 彼女もまた、私と同じ病気に罹っている。

 シンパシーを感じてしまう自分が憎い。ただ、私と同じ年くらいの、あんなにきれいな女性だったことは思っていなかった。奥さんは年上だと思い込んでいた。

 厳密な年齢は聞いていなかったから特におかしいこともない。私の中の願望が、都合よく相手を鬼婆のような女として想像を膨らませていただけ。

 だけど…

 ――ん? 子供はひとりじゃなかった?

聞かれたことしか言っていなかっただけだ

 3人の子供。しかも、彼女の胸には小さい赤ちゃんが抱かれていた。私と彼が沖縄旅行に行っていた、その辺りに産声をあげたらしいその子。計算することは苦手だけど、こういったことに頭はよく回る。

 彼は、嘘はついていないだろう。隠してもいないはず。

 ただ、聞かれたことしか、事実を、言っていなかっただけなのだ。

 立ち回り的に、当然のことなのに。

 ――別に…想定内だし。私たちは、単なる遊び友達なんだから。

 わかっていたことだから、傷つきは、しない。彼の人生から、生活から、別枠の存在であることを、改めて実感しているだけ。

「あれ? 帰るの? 超ダッシュできたのに」

 ホテルの部屋をそのままに、自分の生活に戻ろうと駅に着いた時、ちょうど彼も駅についたところだった。

 少し前なら、運命だと思うシチュエーション。だけど、なぜか何の感情もわかなかった。

「ごめんね。ちょっと疲れちゃってね」

「大阪みやげのタコ焼きあるのに」

「タコ焼き? 大阪行っていたんだね」

「そうそう。部屋で一緒に食べようと思って」

私は「都内近郊の観光地」なんだ

 開封の跡がある、冷めたそれ。新幹線の中で食べ残したものだろうか。私はあの親子が「夕飯はタコ焼きにしよう」と言っていたことを思い出した。

「タコ焼きはいらないけど、ホテルのレストランでディナーならいいよ」

「オッケー。飛び込みで行けるかな」

 あっさりと受け入れられたことに自信の立ち位置を改めて知る。所詮、自分はこの場所のような、都内近郊の観光地なんだって。

 右手にある特別言及もない551の保冷バッグに、いちいち消耗する感情が嫌だった。

 ――ディナーをおごってもらったら、タクシー代もらって帰ろうっと。

 今晩、寝る前にインスタをアップしようと思った。

 この後、近所の居酒屋に行って、仲のいいマスターと一緒にはしゃいでいるストーリーをあげるつもりだ。タイムスタンプをわざわざ押して、今日の日焼けの跡を見せつける。

 “彼女”には、ゆっくり寝てもらいたいと思った。

 私も、今日は家のふとんでひとり、ぐっすり眠りたい気分なのだ。

Fin

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


グレイヘアは腰が引けるよね…。それでも中年女性の白髪はチャンスだと思えた“素敵な一言”
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
既婚者マチアプが大盛況。更年期=女の終わりにあらず、恋も人生もアップデートしたい40代女性の決意
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方をテーマにブログやコラムを執筆している豆木メイです。  今回は「更年期」...
ママ友の裏表に震えた3つの話。子どもつながりとはいえ、皆と仲良くする必要はない?
 子どもを通して接点を持ったママ友。仲良くなるにつれて、良くも悪くも「こんな人だろう」とイメージが固まるものですが、果た...
遊び疲れた帰り道…夕日の中、友達の声に耳を澄ませる“たまたま”君
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
都電が走る風景もどんどん変わっているようだ
 歩行禅って知ってる?  歩きながら「ありがとう」や「ごめんなさい」を唱えると、ココロがすっきりするらしい。 ...
【異なる句読点探し】「!?」の中に隠れた異なる“一文字”は?(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。毎日頑張るあなたがちょっぴり得した気分になれますよう...
まだ40代?もう40代? 老いを痛感した切ない瞬間6選。夜の生活で途中休憩したくなるトホホ
 年齢を重ねると、体の老いを実感する瞬間が増えてきますよね。今回は、40代を過ぎて老いを実感した人のエピソードをご紹介し...
他人への「うらやましい」をやめられない人の対処法3つ。嫉妬心を少しでも手放そう
「なんで私はこんな生活をしているのに、友人ばっかり幸せそうなの…」「みんな毎日充実してそうなのに、私は全然充実していない...
40代の倖田來未が《全盛期と変わってない》と話題に…20年前と同系ファッションでも、なぜ痛くない?
 歌手の倖田來未(42)が23日、自身のインスタグラムを更新。4月13日に開幕する『2025年大阪・関西万博』関連のイベ...
猫になりたい! 春の訪れを教えてくれる自由奔放な“たまたま”8連発
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 2025年2月にご紹介したもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかし...
「私もう〇〇じまいしました」解放感半端ない!40代女性がやめたこと6選
 あなたには「そろそろやめようかな」と思っている習慣はあるでしょうか? 今回は40代の女性たちに「やめたこと」を聞いてみ...
ゴミは減る、お金は減らない!100均の「使い捨てない」アイテム3つ。ティッシュ使いすぎ問題も解決かっ?
 ラップ、ウェットティッシュ、液晶クリーナーなど今までは使い捨てできるものを使っていましたが、何度も繰り返し使えるものに...
子供を傷つけるかもしれないNGワード7選。無意識に使いがち、SOSを見逃す可能性も
「愛する我が子を傷つける親はいない」と信じたいところですが、普段の何気ない一言で無意識に子供を傷つけてしまっている親がい...
オヤツ時間に3つの“たまたま”が大集合♡ みんな仲良くありがたま
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「春の恋愛運」爆上げの花は? 形状、色、花言葉、伝説…見るからにハッピーで素敵!
 春は出会いの季節。新しい恋の予感に胸を膨らませている方も多いのでは?  お花や開運に関する豆知識たっぷりの連載「笑う...
あなたの推しは何色ですか? 推し活するお客様から学んだ“推し色植物”のアンチエイジング
 猫店長「さぶ」率いる我がお花屋、閉店間近のある夕暮れのお話です。頻繁ではないものの、社用として花が必要な時に来店くださ...