子供の“粗相”は許して当然? 鼻につく母親の口ぶり…私は「子連れの女」に同情することにした【大磯の女・水野実久28歳】

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-07-12 11:45
投稿日:2025-07-12 11:45

【大磯の女・水野実久28歳】

 東海道線・グリーン車で都内から1時間弱。それからバスで10分くらい。やっとたどり着いたのは、歴史あるのどかなリゾートホテルだった。

 かつては芸能人が水泳大会を行っていたという、オーシャンビューの大型プール。太陽がさんさんと照り付ける夏の始まり。時期的に、家族連れでにぎわっている。

「……本当に仕事なのかな?」

 目前の海は凪。

 穏やかな雰囲気の中、私はビーチサイドのパラソルの下で、インスタのDM画面と向き合っている。視線の先は、“彼”から昨晩届いたメッセージだ。

彼は本当に来るんだろうか?

『ごめん。突然本社に呼ばれてさ』

『夕方までには行けるから』

『先にプールでのんびり泳いでいなよ』

 本来は、Vクラスの大きなベンツで彼がうちまで迎えに来てくれて、リゾート気分でここを訪れるはずだった。

 来るとは言っているけど本当だろうか? ――あの人は私の約束を破ったことはないけれど、完全に信じることはできない。

 とりあえず、モダンなようでレトロな不思議なホテルの建物を背に、オートフォーカスで写真を撮った。そのままインスタにアップ。早く来いと言う、彼への私信だ。

 プール開きしたばかりの、平日。

 賑わっていると言えど、都内から少し離れているからか、よみうりランドやサマーランドのような大混雑でもなく、快適なビーチサイドである。

 パラソルも当日予約で確保できたし、カクテルもスムーズに購入できた。すでにもう2杯目。ぽっこりお腹が目立ってくる前に、早くあの人に会いたいと焦った。

「この日、プール行かない?」――と、1週間前に誘ってきたのは彼の方だ。泊りの出張予定がなくなって、仕事の予定が2日空いたから、と。

 目を輝かせて誘ってくる彼に、「仕方ないねー」と、呆れながらも受け入れた私。本当は飛び上がるほど嬉しかったくせに。

それ以上でもそれ以下でもない関係

 彼は見た目も心も少年のような人だ。齢35にもかかわらず、28歳の私と同じくらいの感覚だ。

 舞浜のテーマパーク、カラオケ、スポッチャ、歌舞伎町タワー。大学生みたいな、楽しい場所に彼はいつも行きたがった。そして、めちゃくちゃはしゃぐ。どうやら学生時代は陰キャだったらしい。

 わたしたちは恋人同士というより、時間や記憶をなくすまで、呑んで、笑いあって、遊ぶ同志のような関係である。

 元々は上司という存在だったけど、私の転職によって波風が立って、男女関係があるだけの単なるフツーの飲み友達で、遊び友達になった。

 もしこの繋がりが共通の友人や、彼の奥さんと小学生だという子供にバレた時、周囲に言い訳する準備もできている。

 お互い同意の上の『遊び友達』。それ以上でもそれ以下でもない。楽しい、だけの関係だ。

割り切ってはいるけれど…心が消耗するのはなぜ?

 目の前にある飛び込み台。

 12歳くらいの男の子が、家族に見守られながら飛び込んでいた。きっと、彼も喜んで飛び込むだろう。想像するだけで微笑ましい。でも……。

 ――本当に、仕事なのかな?

 よぎる疑念。流れるプールで大はしゃぎする家族連れを眺め、根拠のない勘繰りがぐるぐる回っている。

 彼と交際しだしてから、他人の言葉をそのまま受け取れない病気にかかってしまった。そして、悪い妄想をして意味もなくドプンと沈む。

 何の得もないのに。

 なぜ自分だけこんな嫌な気分にならなきゃいけないのか。そこのところ、フェアじゃないのが悔しい。だからインスタでは、例えひとりきりのおでかけでも、他にいい人がいる雰囲気を匂わせる演出をしている。

 何の得もないのに。

 ただ、その行為は私の精神衛生上は必要なのだ。

話しかけてきた子連れの女は誰なの

「すみませーーん」

 しばらくビーチで昼寝していると、隣のパラソルの下にいた女性に話しかけられた。

 自分と同い年くらいのビキニの女性だった。6、7歳くらいの兄妹と生後半年もしていないであろう赤ちゃんを携えていた。

「すみません、この子が…ほら、謝りなさい」

鼻につく口ぶり。ワンオペってやつ、大変…

 どうやら、彼女の子供が私のパラソルに備え付けてあるペアのサンベッドの片割れに勝手に座っていたという。彼が来ていたら寝転がるはずだったそれに。

 言われなければ気が付かなかったが、子供のしたことだから許されるのが当然という彼女の口ぶりがなんだか鼻についた。

「ごめんなさーい、お姉さん」

「ちょっとお、カンタ!!!」

 水中眼鏡をつけた少年は、適当に謝った後、逃げるように流れるプールに去っていった。女性は赤ちゃんを抱きながら、少年を追いかけていった。

私は彼女に同情することにした

 ――ワンオペってやつ。大変……。

 その場には小さな女の子が残された。私はその子に話しかけられぬよう、顔にタオルをかぶせて、再びサンベッドに寝転がった。

 しばらくすると、耳の奥から、ふたたび隣人の絶叫が聞こえてきた。おにぎりを早く食べろと叫んでいた。

 郊外のリゾート、解放的なオーシャンビュー。有休の平日。

 イライラとモヤモヤを消化しきれないまま、どうしても落ちることができず、目を閉じた状態のままで雑音に揺れた。

 ここは私にとってはリラックスのための非日常だけど、隣の彼女にとっては、日常の一部なんだろう。

 棘立つ心をどうにか平常に保つため、私は彼女に同情することにした。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


ま、まじか…。価格最重視で選んだ大バズり中の「解凍プレート」で牛肉切り落としの運命が変わった!
 話題のコスメや、広告でよく見かける化粧品や日用品。「webでよく見るあの商品、本当にイイの?」「買ってみたいけれど、口...
【45歳からの歯科矯正】ワイヤー矯正終わったのにマウスピースを装着。毎日キッチン泡ハイターが手放せない
 ワイヤー矯正が終了し、1年半装着していた矯正器具を外しました。食後の歯磨きのしやすさに感動するのもつかの間、今度は「マ...
子育ては「完璧主義」だと詰む! SNSの“キラキラママ”に振り回されないためには?
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方をテーマにブログやコラムを執筆している豆木メイです。
小馬鹿にする人って実は…。隠された心理とメンタルを死守するための3つの対処法
 会話の節々で「私のことを小馬鹿にしてる…?」と感じるような言動をとってくる人、いますよね。今回は、他人を小馬鹿にする人...
「寝香水」って知ってる?【10月前半】調香師が睡眠の質を高めるアロマをタイプ別に解説
 少しずつ寒くなる季節の変わり目は、しっかり睡眠をとって自律神経を整えましょう。今回は、調香師ならではの裏ワザ【幸福感に...
秋の祭りを共に過ごす時間
 このひと時が宝物だなって気が付くのは、  まだまだ先の話。
老化、苦労、ボトックスとも無縁な御年50のハローキティちゃん
 踊り子として舞台に立ち、エッセイも書く新井見枝香さんの月イチ連載です。アラフォーいろいろあるけど、楽しいよ…!
見せ場もばっちりにゃん! プロレスごっこの“たまたま”が可愛すぎる~
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
ほっこり癒し漫画/第82回「ウシオの大変身」
【連載第82回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
「破瓜」って何歳? バージン喪失の意味もある!?
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
昭和レトロぎゃふん!「ほの字のカレのため、がんばりマッスル」あえての昭和言葉がエモいLINE3選
 令和の今、昭和は遥か昔の時代に感じますよね。40代女性の皆さんは、必死に「昭和感」が出ないよう、細心の注意を払ってきた...
令和のコメ不足、その手があった!価格高騰の秋も使える我が家の対策6選
 新米シーズンに突入し、少し落ち着きを見せているものの、この夏みんなが気になって仕方なかったニュースといえば、令和の米騒...
刺さるわあ…親の“結婚しろ圧”LINE3選。OVER30が涙した「いつまでも元気でいられないから」
 30代半ばを超えると、親からの結婚に対する圧もより一層強くなってきますよね。  LINEに忍ばせた小さなプレッシャー...
自己顕示欲バンザイ! スナックママが教える「自分らしく生きる」ヒント
 みなさん、SNSとかで目立つ人は好きですか? 私はついこの間まで、正直めちゃくちゃ苦手でした。  でも先日、スナ...
東京のごちゃごちゃに疲れる…貸切コンパクトボートで“泡飲み”東京湾クルージングが当たりだった
 都会とは、長年いると何をしていいのか分からなくなる場所である。おいしいご飯もお酒も、どの街にいても味わえる。新しいスポ...
イイ男が大集合♡ 素敵“たまたま”がいっぱいで目の焦点が合わない~!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...