【大磯の女・水野実久28歳 #1】
東海道線・グリーン車で都内から1時間弱。それからバスで10分くらい。やっとたどり着いたのは、歴史あるのどかなリゾートホテルだった。
かつては芸能人が水泳大会を行っていたという、オーシャンビューの大型プール。太陽がさんさんと照り付ける夏の始まり。時期的に、家族連れでにぎわっている。
「…本当に仕事なのかな?」
目前の海は凪。
穏やかな雰囲気の中、私はビーチサイドのパラソルの下で、インスタのDM画面と向き合っている。視線の先は、“彼”から昨晩届いたメッセージだ。
彼は本当に来るんだろうか?
『ごめん。突然本社に呼ばれてさ』
『夕方までには行けるから』
『先にプールでのんびり泳いでいなよ』
本来は、Vクラスの大きなベンツで彼がうちまで迎えに来てくれて、リゾート気分でここを訪れるはずだった。
来るとは言っているけど本当だろうか? ――あの人は私の約束を破ったことはないけれど、完全に信じることはできない。
とりあえず、モダンなようでレトロな不思議なホテルの建物を背に、オートフォーカスで写真を撮った。そのままインスタにアップ。早く来いと言う、彼への私信だ。
プール開きしたばかりの、平日。
賑わっていると言えど、都内から少し離れているからか、よみうりランドやサマーランドのような大混雑でもなく、快適なビーチサイドである。
パラソルも当日予約で確保できたし、カクテルもスムーズに購入できた。すでにもう2杯目。ぽっこりお腹が目立ってくる前に、早くあの人に会いたいと焦った。
「この日、プール行かない?」――と、1週間前に誘ってきたのは彼の方だ。泊りの出張予定がなくなって、仕事の予定が2日空いたから、と。
目を輝かせて誘ってくる彼に、「仕方ないねー」と、呆れながらも受け入れた私。本当は飛び上がるほど嬉しかったくせに。
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