「見はらし世代」妻の死による家族の崩壊。子供たちはなぜ父親を憎むのか?

更新日:2025-10-11 17:03
投稿日:2025-10-11 17:00

【孤独のキネマ】見はらし世代

 この作品を見て「家族とは実に難しいものだ」と思った。お叱りを受けるかもしれないが、仕事に燃える男にとって、家族を抱えるのは厄介な作業でもある。

 物語は普通の家族が別荘で休暇を過ごす場面から始まる。息子の蓮はサッカーボールを手放さず、リフティングの練習に余念がない。それを見守る父の初(遠藤憲一)はランドスケープデザイナーだ。妻の由美子(井川遥)はどこか沈鬱な雰囲気で、娘の恵美は反抗期と思われる。

 別荘に到着するや、初に建築コンペの最終選考に残ったとの報が届く。初は由美子に伝える。

「今がすごく大切な時期なんだ。俺にとって大きな分岐点になると思う」

 これに対して由美子は 「この3日間は家族に集中してって、言ったよね」と不満をぶつける。

 10年後、蓮(黒崎煌代)は花屋のアルバイト配送員として働いていた。由美子はこの世にいない。。恵美(木竜麻生)は恋人との同棲生活のため引っ越しする予定だ。

 ある夜、恵美は蓮を訪ねて「結婚するかもしれない」と伝え、2人は父・初についての考えを交わす。いずれも初に嫌悪を抱いている。数日後、蓮は花屋で初の回顧展への祝いの花を配達。会場で初に胡蝶蘭を投げつけてしまい、バイトをクビになる。

 恵美の引っ越しの日、ワゴン車を運転する蓮はサービスエリアに立ち寄り、初と再会。久しぶりの親子3人の重苦しい対面は特別な人まで呼び寄せ、思わぬ展開になだれ込むのだった……。

 父・初は仕事に情熱を燃やす都市デザイナー。家族のため、そして自分のために働いていた。だが妻は仕事優先の夫に我慢できず、命を絶った。このことから蓮と恵美は初に反目。悪感情を抱いている。その3人が再会するのが本作の見どころで、「えっ」と驚く展開が待っている。

 様々なことを考えさせてくれる物語だ。由美子はおそらく心の病を抱えていたのだろう。だから初に家族と過ごすという約束を守ってほしかった。だが初はチャンスを逃したくない。そうしたことが原因で由美子は命を絶ち、子供たちは父を憎む。不条理な物語だ。

「さて」と考えてみたい。

 初の行動を男の観客は非難できるだろうか。彼は会社に依存するサラリーマンではない。独立自営のデザイナーだ。自分を高めるためにチャンスを大切にするのは当然だろう。成功すれば経済的に潤い、妻や子供たちに恵まれた環境を与えることができる。世の父親たちは同じような使命感を帯びて日夜働いている。

 そのことは初が会社の女性スタッフから「やりたくない仕事をなぜ引き受けるのか」と詰め寄られる場面にも現れている。初は「キミたちに給料を払わなきゃならない」と答える。そこには嫌な仕事でもやらねばならないという、人間が直面する「立場」が存在している。初はそうした社会的責任の中で働いているのだ。

 だが妻の自殺という最悪の事態を迎えて家族は崩壊した。このストーリーを見て、避けようのない人間の悲劇を感じてしまった。ラストに現れる由美子は初が抱える罪悪感と魂の救済の具現化なのだろう。

 蓮は父にかすかな連帯感を抱き、再会を求める。一方、恵美は父を拒絶する。サービスエリアで父と子は一緒に食事をするが、娘はお茶を飲むだけ。息子と娘の父親への思いの違いが興味深い。

 30年ほど前、欧米の研究チームが離婚に関するリポートを発表した。娘だけの家族と、息子もいる家族を調べたところ、父親の浮気が発覚した場合、娘だけの家族のほうが離婚率が高かったという。

 このとき筆者は心理学者にコメントを求めて解説記事を書いた。心理学者は言う。

「娘は『お母さんがかわいそう』と父親を全面的に非難する。一方、息子は『お母さんはかわいそうだ。だけどお父さんの気持ちもわかる』と考える。だから父親が浮気したとき、息子がいる家庭はなんとか持ちこたえられる」

 本作でいえば、蓮は仕事を大切にする父親にほのかな共感を抱いていたかもしれない。彼を花屋のアルバイトでなく、父と同じ都市デザイナーという設定にしたら、親子関係が違ったものになっただろう。

 本作は家族とは何か、父親とは何かを考えさせる問題作。観客の立場と哲学によってその感想は様々だろう。ただし、最後の初の号泣は要らなかった。惜しい。(配給=シグロ/Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中)

(文=森田健司)

エンタメ 新着一覧


スズ子のナレ出世、股野のナレ求婚…感動のシーンを描いて欲しかった!
 昭和12年、スズ子(趣里)が香川から戻ってきて3年。梅丸少女歌劇団は、秋山(伊原六花)のタップダンスとスズ子の歌を二本...
桧山珠美 2023-11-01 15:37 エンタメ
SMILE-UP.(旧ジャニ)俳優部の演技&将来性、飛躍の片鱗見せたの誰?
 嵐の二宮和也(40)がSMILE-UP.(旧ジャニーズ)からの独立を発表しました。  中丸雄一、山田涼介、菊池風...
スズ子出生の秘密に迫る香川編、ナニワの至宝&大地真央のヅカ同期が登場
 スズ子(趣里)と六郎(黒崎煌代)のふたりは、梅吉(柳葉敏郎)とツヤ(水川あさみ)の故郷である香川を訪れる。スズ子が小学...
桧山珠美 2023-10-28 06:00 エンタメ
平手友梨奈に平野紫耀ら事務所移籍組が躍動!俳優と歌手の二刀流はあるか
 平手友梨奈(22)が出演するドラマ「うちの弁護士は手がかかる」(フジテレビ系)が好評を博している。  平均世帯視...
こじらぶ 2023-10-28 06:00 エンタメ
魂のラインダンスに涙、涙…入浴シーンの「四季の宴」趣里、歌うまい!
 山寺でのストライキは団員たちの要求が全面的に受け入れられ、幕を閉じる。  山を降り、ようやくいつも通りの練習を始...
桧山珠美 2023-10-25 16:30 エンタメ
梅丸少女歌劇団による山寺でのダンスシーンはニュースになった“アレ”
 山寺でのストライキが続く中で、大和礼子(蒼井優)はスズ子(趣里)に自分の過去の話をする。両親に反対されて、縁を切ってま...
桧山珠美 2023-10-24 17:03 エンタメ
道枝駿佑“マイハル”の無表情は拙い?いいえ、ラストの笑顔のためだった!
 秋の新ドラマがスタートしています。いくつかチェックしましたが、ミステリーや考察ドラマって疲れて帰ってきた頭と体にはなん...
色恋に敏感なリリー、昭和8年が舞台の朝ドラに「百合」の描写は必要?
 大和礼子(蒼井優)はストライキをするしかないと言い出す。一方、橘アオイ(翼和希)は、お客様が大切だと言い、また、礼子が...
桧山珠美 2023-10-20 16:20 エンタメ
直撃!俳優・藤原大祐の恋愛観「告白するなら年上、1回目のデートで」
 10月20日から全国公開となる新感覚ホラー映画「リゾートバイト」。小さな島の民宿でアルバイトする大学生たちに様々な怪奇...
2023-10-20 06:00 エンタメ
【写真特集】藤原大祐を直撃! ここでしか見られない本編&未公開カット含む全29枚!!
                                        ...
2023-10-20 06:00 エンタメ
労働争議で板挟み…“スズ子の恩人”林部長役・橋本じゅんの意外な一面
 世界恐慌の波が押し寄せ、USKの賃金削減と人員削減が告げられる。一部の楽団員と新人の劇団員は解雇されてしまった。 ...
桧山珠美 2023-10-19 15:40 エンタメ
大和礼子(蒼井優)さまの箴言…誰にも負けないスズ子の個性とは?
 昭和8年。デビューから6年が経ち、スズ子(趣里)は脇役ながら劇団の中心メンバーとして活躍し、新人の教育係にもなっていた...
桧山珠美 2023-10-16 14:30 エンタメ
タバコの逢引き場面にズキュン!“喫煙イケメン”柳俊太郎にやられます
 コンプライアンスなるもののせいで、昨今のドラマはなにかと不自然なことが多いようで。  犯人が車で逃げるシーンで「...
朝ドラ本編とは別にオリジナルの舞台演目フルver.も制作、手が込んでいる
 鈴子(澤井梨丘)は1週間で稽古に復帰し、同期3人で切磋琢磨して稽古を続けた。  単独公演まで1カ月となり、鈴子た...
桧山珠美 2023-10-14 13:30 エンタメ
宝塚からセクシー女優に転身、“芸能人の有名税”となぶっていいのか
 セクシー女優という職業は、昔と比べると女性にとっても身近に感じる職業となってきました。モデルやグラビア、アイドルなど、...
大和礼子(蒼井優)が手渡したトンボ柄の布は…主人公・鈴子そのもの
 公演で橘アオイ(翼和希)の衣装の羽を忘れたことをきっかけに鈴子(澤井梨丘)たち3人は仲違いをしてしまう。  そん...
桧山珠美 2023-10-11 16:15 エンタメ