【ブルーボーイ事件】性転換手術の医師をさばいた60年前の実話。その判決は?

更新日:2025-11-14 17:03
投稿日:2025-11-14 17:00

【孤独のキネマ】

 ブルーボーイ事件
  (配給:日活/KDDI)全国公開中

  ◇  ◇  ◇

 筆者は日刊ゲンダイの記者として働いてきたから、世の中の事件や現象に目を向けてきたつもりだが、恥ずかしながら「ブルーボーイ事件」は知らなかった。本作は性的マイノリティの人々が直面した実話を描いた問題作。「ブルーボーイ」は60年代のスラングで、身体を女性化した男性をさす。

 1965年の東京。街の浄化を目指す警察は街頭に立つセックスワーカーを厳しく取り締まっていた。性転換手術(現・性適合手術)を受け、身体の特徴を女性的に変えてブルーボーイと呼ばれる人々は警察にとって目ざわりな存在。戸籍は男性ながら女性として売春をする彼女たちは、現行の売春防止法では摘発対象にならないからだ。

 そこで警察が目をつけたのが性転換手術だった。生殖を不能にする手術は「優生保護法」(現・母体保護法)に違反するとして、ブルーボーイたちに手術を行った医師の赤城(山中崇)を逮捕し、裁判にかける。

 そのころ喫茶店ウェイトレスのサチ(中川未悠)は恋人の若村(前原滉)からプロポーズを受け、幸せを噛み締めていた。ある日、弁護士の狩野(錦戸亮)がサチを訪れる。実はサチは、赤城の手で性転換手術を受けた患者のひとり。赤城の弁護を引き受けた狩野はサチに、赤城を救うための証人として出廷してほしいと依頼する。こうして法廷劇が繰り広げられるのだった……。

 トランスジェンダーなどLGBTQと呼ばれる人たちは、21世紀の現在も差別を受けている。60年前の人たちはさぞかし生きづらかっただろう。この映画は当時の不条理を克明に再現。見ていて胸が苦しくなるほど深刻だ。

 ヒロインの中川未悠のほか人気歌手の中村中など、出演しているのは実際のトランスジェンダー女性たち。まるで60年前の人々が乗り移ったかのように迫真の演技を披露する。彼らのセリフの一つひとつに重みがある。脚本を担当した三浦毎生の表現力に脱帽だ。

 加えて役者陣の演技が秀逸。中川未悠と中村中は言うに及ばず、時田検事役の安井順平、裁判長役の井上肇らがこの時とばかりに力を発揮した。

ラストは気持ちがほっこりする

 特に印象的なのが時田検事だ。1965年は敗戦からまだ20年。出征経験のある彼は「性転換者が国を滅ぼす」「死んだ戦友たちに申し訳ない」との思いでマイノリティの人々を厳しく追及する。今年1月に「今日から性別は男性と女性の2つのみというのが米政府の公式な政策となる」と言い放ったトランプ大統領に匹敵する悪役ぶり。トランスジェンダーだけでなくストレートの観客も時田検事に石を投げつけたくなるだろう。

 時田の主張は戦前から続く家父長制と無縁ではない。封建的軍国主義の視点を拭い去ることができず、同性愛者への差別を社会正義と勘違いしているのだ。そのことは自民党の右派が選択的夫婦別姓制度を頑なに拒否する現在の世相にも通じている。戦前回帰をもくろむ高市早苗が首相であるかぎり事態は1ミリも進まないだろう。映画のストーリーが現下の政治状況と微妙に一致しているのは偶然だろうか。

 この時田検事に比べてやや進歩的と思われるのが井上肇扮する裁判長だ。井上は昨年、ヒット作「侍タイムスリッパー」のコミカルな撮影所所長役で笑わせてくれたが、本作では重々しい雰囲気で裁判を進めていく。この裁判長がどのような判決を下すかは法廷で確かめていただきたい。

 本作は世間から白眼視され、自尊心をズタズタにされるマイノリティの物語だが、ラストは気持ちがほっこりする。筆者は久しぶりに映画で涙を流した。

 とはいえ現実は厳しい。2023年2月、岸田文雄首相(当時)の荒井勝喜秘書官が性的マイノリティと同性婚に関連して「僕だって見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ。(同性カップルの権利保障は)社会に与える影響が大きい。マイナスだ。秘書官室もみんな反対する」と露骨に嫌悪感を示したことで物議をかもした。何度も言うが、人は差別から脱却できない生き物だ。本作を見て、そのことをあらためて痛感した。

(文=森田健司)

エンタメ 新着一覧


芸人はランジャタイ伊藤から学べるか 「地雷女」を避けるたった一つの方法
 ランジャタイ・伊藤幸司(38)が未成年との不適切な関係を持ったことを暴露され、芸能活動を休止した。過去を振り返れば、伊...
帽子田 2024-09-18 10:08 エンタメ
老眼鏡かける寅子。「最後はいい方に流れていく」発言にトラツバロス一歩手前…!
 香淑(ハ・ヨンス)は、原爆被害に遭った外国人への支援を始めることを決意する。一方、寅子(伊藤沙莉)と航一(岡田将生)は...
桧山珠美 2024-09-16 14:00 エンタメ
秋元康との共通点も? 柏木由紀がすがちゃん最高No.1に惹かれた理由を考察
 9月11日、NEWSポストセブンが、元AKB48のゆきりんこと柏木由紀さん(33)と、お笑いトリオ・ぱーてぃーちゃんの...
伊藤健太郎は破局して正解! “小栗旬軍団”加入でバーター出演の機会にも恵まれる
 伊藤健太郎が帰って来ました。これは朗報です。あの不祥事からかれこれ4年。本人も充分反省しているようですし、そろそろ許し...
【写真特集】背中ぱっくりドレスを着こなす滝クリ。健康的な美脚も披露!
【この写真の本文に戻る⇒】滝川クリステルに「好きになれない」の声多数。バリキャリだけど同性ウケしないのはなぜ?
航一も明治生まれの男。娘に手を上げるのか!? と一瞬緊張が走ったシーン
 のどか(尾碕真花)の婚約者・誠也(松澤匠)が星家にやってくる。しかし、星家では航一(岡田将生)と優未(川床明日香)が優...
桧山珠美 2024-09-12 17:15 エンタメ
「東出昌大の再婚を叩いたら負け」なのか? SNS社会は彼に試されている…
 2015年1月、朝ドラ『ごちそうさん』で夫婦役を演じた杏と結婚して3人の子を授かるも、映画『寝ても覚めても』で共演して...
堺屋大地 2024-09-11 06:00 エンタメ
夫婦水入らずの何気ないシーンが描いたもの。爆速で進む物語、子どもたちは誰が誰やら…
 8年にも及ぶ「原爆裁判」を終えた寅子(伊藤沙莉)たち。竹中(高橋努)は渾身の記事を書き、よね(土居志央梨)と轟(戸塚純...
桧山珠美 2024-09-12 16:53 エンタメ
岡田将生「ラストマイル」沼にハマる人続出!「虎に翼」との共通項も考察
この投稿をInstagramで見る 映画『ラストマイル』公式【大ヒット上映中】(@...
【写真特集】若っ!金髪姿の岡田将生。浴衣、くるんくるんパーマヘアも…
【この写真の本文に戻る⇒】岡田将生「ラストマイル」沼にハマる人続出!「虎に翼」との共通項も考察
朝ドラ史上、いやテレビ史上に残る名判決シーン。「政治の貧困」の言葉が胸に突き刺さる
 昭和38年6月、桂場(松山ケンイチ)は最高裁判事のひとりに任命される。  竹もとで修業に励む梅子(平岩紙)、そし...
桧山珠美 2024-09-07 06:00 エンタメ
夕飯のカレーで描いた星家の“遠慮のない家族”への変化。入山法子の名場面を振り返り
 昭和37年1月、「原爆裁判」の原告のひとり、吉田ミキ(入山法子)が法廷に立つことを承諾。広島から上京してきたミキを、原...
桧山珠美 2024-09-05 17:30 エンタメ
虎に翼の脚本は朝ドラ特有の“中だるみ”なし!塚地出演「あさイチ」との連携プレイにも救われた
 昭和34年、優未(毎田暖乃)は高校1年生に。直明(三山凌輝)と玲美(菊池和澄)の間に子供が産まれ、猪爪家はますますにぎ...
桧山珠美 2024-09-02 17:30 エンタメ
東出昌大“狩猟系イケメン”面目躍如。通り過ぎていった女性たちは何を思う
 期待に応える男、東出昌大(36)がまたまたやってくれました。今度は“デキ婚”ですって。いつかやってくれるだろうとは思っ...
第110回感動のラストシーン! 余貴美子演じる百合さんの“ある台詞”がとっても可愛かった
 寅子(伊藤沙莉)たちとの同居がつらいと本心を語り、家を出ようとするのどか(尾碕真花)。そんな彼女に、優未(毎田暖乃)は...
桧山珠美 2024-08-31 06:00 エンタメ
【写真特集】10年前の初々しい東出昌大。オールバック、ナチュラル、横流し…髪型3変化
【この写真の本文に戻る⇒】杏との離婚から4年、東出昌大“デキ再婚”で話題の養育費問題。子のために前妻が即やるべき事【弁護...