変わらない場所だと思っていたけど…
気づけば、ナベさんも以前に比べれば店に来ることは少なくなっていた。
「ナベさん、実は中目に引っ越したんだってよ」
彼がお手洗いに立った時、女将さんがこっそり教えてくれた。
「そうなの?」
「1年前かな。ナベさん、銭湯好きでしょ。ここは小杉湯目的で来るたびに寄ってくれているのよ」
小杉湯。高円寺では有名な銭湯だが、家にシャワーがあるので私はほとんど訪れたたことがない。同じ値段を払うならタバコひと箱を買うことを選んでしまう。
彼もあっち側の人だった
よくよく考えてみる。彼は有名歌手のバックで弾いていて、かつてはメジャーデビューしたバンドのメンバーの一員だ。作った曲はCMソングに抜擢されたこともある。
たかぴーだってそう。スベっていたけど、テレビに出るだけでもすごいことだ。ましてや賞レースの決勝、なんて。
私は、どうだろう。
「じゃ、今日はこれで俺は出るよ。女将さん、おあいそ」
ナベさんは、いつもこの店に集まるメンツの支払いをしてくれる。
酔って気持ちが大きくなっているだけだと思っていたが、よく考えるとそれができるほどの人物なのだ。
一緒にいて、マヒしていた。同じステージにいると思っていた。そもそもあっち側の人だったのだ。彼らは。
店を出て行く彼の背中を見送りながら、この店で一番安いレモンサワーを注文した。
ひとり呑んでいると、志島さんが隅のカウンターで私の方を見てニッコリ笑った。
瞳の奥で、手招きしているように見えた。
アイツよりはましだよな、と言い聞かせ
週末、師走の北口ロータリー。目の前を、千鳥足の奴らが終電に向けて駆け抜けていく。
この街の沼にハマっている私はどこにも動けない。はまったら、もがかなくてはいけない。今はただ、快適な濁りの中で沈んでいる。
ベンチに膝を抱えてじっとしている身汚い中年男性がいた。
私は彼を見て、アイツよりはましだよな、と言い聞かせた。
ニュースでよく見る、実家暮らしの子供部屋おばさんや、ひきこもりに比べたら私は真人間だ。『闇金ウシジマくん』の中にも、私よりダメな人間は山ほどいる。
まずは、明日からはじめよう
この街を初めて訪れた12年前。
純情商店街の看板は、あの時のままで、ロータリーもそのままだ。サンドラックも東急ストアも変わらぬ場所にある。
だけど、静かに変化している。駅は改装し、高架下にキレイで新しい店もたくさんできた。知らぬ間になくなっていたお店もある。
ロータリーの中央に佇み、あたりを見おろしながら、とりあえず、タバコをやめようと決意した。
とにかく、明日から。
まずは、明日からはじめよう。
最後だからと、私は箱に残っていたタバコに火を点ける。
気怠さが肺の中に充満した。
――Fin
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