もう「ディズニーシーに行きたいブーム」に惑わされるな

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2024-07-28 15:31
投稿日:2024-07-28 06:00

最近の口癖

「ディズニーシーに行ったことはある?」


 ここ最近、またシーへの気持ちが盛り上がり、口癖のように質問しまくっている。アンケートは無作為に行うべきだが、つい行ったことがなさそうな人にこそ、訊ねがちだ。

 そして予想外の回答に、いちいちショックを受ける。嘘だろ? みんなディズニーシーに行ったことがある!(新井調べ)

 ディズニーシーが開園したのは2001年。今は2024年。私はその20年余り、誰からも誘われることがなく過ごした。こんなにディズニーが好きそうなのに。なぜだ。


【合わせてどうぞ】『ジブリ映画とストリップ』

約束の当日に逃亡した過去

 自分から人を誘ってどこかへ行くことを苦手とする私だが、もう何度目かの「シー行きたいブーム」が到来したタイミングで、一度だけ力を振り絞り、声を掛けたことがあった。あれはストリップデビュー直前だったから、2020年頃だろう。

 彼女はディズニーキャラクターに全く興味を示さない作家だったが、当時連載していたエッセイのネタになると、口説き落としたのだ。それなのに、私という人間は、約束の当日に逃亡したのである。

 知り合いからもらった株主優待券も、無駄になった。あれほど焦がれたシーへ訪れる機会を、自ら台無しにしたのである。

おねだりできない年頃からの今

 それから数年後、ディズニーも子供も好きじゃなかったはずの友人は、かわいい姪っ子のリクエストでいそいそとディズニーランドホテルに宿泊し、新婚の旦那と浮かれた耳まで付けてランドとシーを満喫していた。

 小学生の頃、家族でランドには死ぬほど行ったが、ホテルに泊まるなんて、王族のすることだと思っていた。ふしぎの国のアリスマニアといっても過言ではない私が、アリスの世界観を貫いた客室に焦がれないわけがない。

 だが、あのホテルが開業したときにはもう18歳だった。とっくにグレて、親とは口も利いていない頃だ。いったいどの面下げて、「アリスのお部屋に泊まりたい」などとおねだりできるというのか。

 そして今、子供もいない私が、今さら誰とふしぎの国でアリスごっこをするというのだ。私も友人の姪になりたい。

事前予約システムという苦行

 おかげで「シー行きたいブーム」が再燃。すると今度は、意外なところから可能性がやってきた。海外の知人が日本へ来て、数日間、一緒に遊ぶことになったのである。

 日本にしかないというディズニーシーへ連れて行けば、自慢になるだろう。件の友人に相談すると、昨今のディズニーはスマホアプリのインストールがマストで、入場チケットだけでなく、ディナーも事前予約が必須らしい。めんどくさ。行ったこともない場所で何時に腹が減るかなんて、わかるかよ。

 だいたい私は気まぐれで、普段から予約をして食事をすることが苦手なのだ。やむをえず予約を入れても、当日が近付くにつれて、楽しみどころか、嫌になってくる。予約なんてしたせいで、せっかくの楽しい食事がただの苦行だ。

ディズニーシー逃亡事件の二の舞だけは…

 問題は、予約というシステムではない。人と会う約束をしただけでも、その日が近付くにつれ、それが何か嫌な行事のように思えてきて、いかにして逃げるかしか考えられなくなってくる。そういう性分をわかっているからこそ、私は人を誘わないのである。

 誘われたならまだしも、自分から誘っておいて逃げ出したら目も当てられない。歴史に残るディズニーシー逃亡事件(実際にエッセイとなって書籍に収録された)の二の舞は避けたい。

 はたして私は、今度こそシーに行くことができるのか。チケットはすでに、日付指定でネット購入済みだ。おとな1名9000円×2枚。キャンセルも譲渡もできない。もう逃げられない。そう思えば思うほど逃げ出したい。

 なんなの、このスパイラル。私という人間は、この決して安くないお金を捨ててまで逃げ出す可能性を、大いに秘めている。

「気まぐれ」の分岐点

 正直に言おう。当日が2日後に迫った今、行きたいか行きたくないかと聞かれれば、超行きたくない。あれほど行きたいと思った私を、ちっとも思い出せない。

 いつから気持ちが変わったのだろう。チケットを購入した時点か。いや、相手を誘った時点がピークで、あとは下降の一途、もう誰にも止められない坂を転がり落ちていた。

 もう二度と、「シー行きたいブーム」に惑わされない。そのために、このエッセイを書いた。どうか忘れないでくれ。必ず君は、また行きたくなくなる。もうこれ以上、人に迷惑をかけるな。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


それ“和牛”違いですよ! コントのような「おばさん」二人の会話に更年期の私が救われたわけ
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
失敗ばかりの「ミモザの鉢植え」、成功の秘訣は“マニュアル外”の育て方にあり? 4年目で気づいたコツ
 晩秋の風がひんやりと肌を撫でるころ、ワタクシの中でそわそわし始める植物がございます。それはずばり、ミモザちゃん。 ...
一生ついて行きます! 職場にいた“理想の女上司”エピソード集「とにかく帰っていい」の言葉に泣いた…
 あなたにとって「理想的な女上司」とはどんな人物ですか? 漠然としたイメージ、あるいは具体的な条件などはあるでしょうか。...
LINEの誤爆で思い出す、中学時代の“ある事件”。女子同士の「手紙回し」にあった残酷な一面
 あの頃の手紙は、今のSNSより不器用で、でもずっと真剣だった。速さに追われる時代に、言葉を選ぶ“間”の大切さを思い出さ...
え、私の息子はどこに? 義母のインスタで知った“孫”格差。プレゼントやお年玉にも露骨な線引きが…
 幸せなはずの結婚生活に影を落とす、姑との問題。令和の時代でも根強く残る嫁姑トラブルに直面したケースをご紹介します。
 “にゃんたま”の不敵な笑みにノックダウン!「キミはどう撮るのかな?」
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
【漢字探し】「椛(モミジ)」の中に隠れた一文字は?(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
「お漏らししたのよ〜」って何歳の話!? 実家で震えた家族のありえない言動5つ。結婚・出産話もしんどい…
 楽しみにしていた連休、久しぶりの実家。でも実際に帰省してみると、想像以上に精神的ダメージを受けることも少なくありません...
プチプラハンガー戦国時代!結局100均が最強だった。セリア、ダイソーで“ちょうど良い”ピンチ&アーチ型を発見♪
 ハンガーへのこだわりは、MAWAのハンガーを購入してから。使いやすく、型崩れしないハンガーに感動。そこからMAWAを買...
賞味期限じゃない?ホステスが“客のボトル”を捨てるワケ。キープされる常連の条件
 みんさんはボトルキープってしたことありますか? なんかかっこいいですよね、いかにも「常連」って感じが出ますし…。 ...
こんなはずじゃなかった!“イメチェン失敗”の切なすぎるエピソード。頑張りすぎて「整形?」
 過去、イメチェンに失敗したことはありますか? メイクにファッション、ヘアスタイル……思い切って踏み出した結果、思いがけ...
キラキラ輝く猫さまの曲線美…見よ、これが太陽系に輝く“にゃんたま”だ!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
は? 遅刻するのは「待たされたくないから」!? 常習者の謎ムーブ5選。待たされる気持ちにもなって!
 人と待ち合わせをしたら時間を守るのがマナーです。でも、中には約束時間を守れず、毎回遅刻してくる人も…。今回は、毎回のよ...
あれ?誰とも喋ってない… 「コミュニケーションにはお金がかかる」という現実。孤独と戦うおばさんの生存術
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
「普通が得する時代に…」キラキラネーム世代が陥る“名付け疲れ”。唯一無二の名前=愛の証だった時代の功罪
 キラキラネーム、シワシワネームなど年代によって“名前”の傾向が異なります。名前が“社会的ラベル”になる現代では、名前を...
「あと10分」で4時間待ち!“遅刻”擁護派の私がキレた瞬間。やっと来た友達の信じられない一言
 みなさんは友人間での“遅刻”について、どう考えますか? 遅刻で友情に亀裂が入ったという衝撃エピソードを、みなさんにも共...