退廃的な雰囲気の「彼」を思い出す
このTシャツは、大学の同じ音楽サークルにいた男の子と、ライブに行った時にお揃いで買ったものだった。
彼の名前は銀二。その人に真央は密かに思いを寄せていた。身体の関係もあった。しかし、ドライな関係性を求めていた彼に、なかなか自分から付き合いたいと切り出せなかった。
ひげ面で、食事は酒とタバコだけで済ますような夜の路地裏が似合う銀二。人見知りで、気に入った人にしか心を開かない孤高感が魅力的に見えた。そんな彼と通じ合えていることだけで誇りだった。
真央自身もそう。髪を赤く染め、COCUEやチチカカなどのアジアンテイストのファッション。COMIC CUEやクイックジャパンを愛読し、仲間や銀二とだけの共通言語を楽しみながら、斜め上から時代を眺めていた。
最終的に、気ままに人を振り回す彼に疲れ、大喧嘩の末に疎遠になったのだが…。
――10年以上会っていないけど、きっと今もそんな感じで、下北あたりをふらついているんだろうな…。
銀二がいまだ独身で、お酒を片手にフラフラしている姿の想像は容易い。その後も、バックパッカーになっただとか、女のヒモになったというような噂は旧友から聞く。
LINEの着信でスマホが揺れ、現在に戻された。
いつもの風景に見知らぬ男が…
娘の幼稚園のママ友から、バスのお迎えに行くお誘いだった。“可愛いママさんスタンプ”を返して準備をはじめた。ボーダーカットソーのありふれたアラフォー主婦の姿に着替えて、そそくさとエントランスに向かった。
「凛ちゃんママ~、やっと来た~」
「ごっめ~ん」
いつものように、肩をすぼめて両手で手を振ると、ママ友も笑顔で迎えてくれる。毎日会う面子だけど、彼女たちがどんな音楽を好きか、どんな映画が好きかを真央は知らない。
流れるように天気の話をしながら、いつもの如くマンションのありふれた風景になった。
――…?
ふと気づく。
どこかで、誰かが自分の姿を見つめていることを。
その主に気づいたのは、ほどなくしてのことだった。
【#2へつづく:言われたくない! ただのオジサンになった「元彼からの一言」に怒りが…】
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