このサロンの実態は…まさか怪しい界隈?
「仕事」という言葉に引っかかる。彼女は仕事をしていないと言っていたから。内容を尋ねるとナナミは目を輝かせた。
「晶子さんは、月一回サロンを開いているんですよ。口コミ集客の、こういうほんわかしたおしゃべり会なんですけれど」
「サロン、ですか」
警戒心の強い麗菜のアンテナが強く反応する。
オーガニック、居場所づくり、新米ママ向けのサロン、何気ない単語だが、どれも怪しげなものに感じはじめた。
――まさか、これはスピリチュアルや自然派界隈の……。
「みなさん、今日はご参加ありがとう」
はじめましての方への一通りの挨拶を終えた晶子が腰を据えると、その周りに自然と輪がひろがった。
麗菜は一歩引いた部屋の隅で、その動向を見守ることにした。
「ここのサロンは当初、保育園に入れなかった人たちのための、情報交換の場所だったの」
他のママさんたちは、教祖のように語る晶子に熱い視線を送っている。
――晶子さん、まさかあっち側に行ってしまったのかな……。
有能な晶子の「苦労」とは
お茶菓子のオーガニッククッキーを食べてしまったことを麗菜は後悔した。素直においしさを感じた自分を悔いた。
自分探しを謳い文句にしながら、見栄えがいいだけの独善的な思想に引き込まれた専業主婦の友人を麗菜は何人か知っている。
身体が震え、咄嗟に帰る準備をし始めたその時、ナナミさんに再び小声で話しかけられた。
「そんな警戒しなくていいですよ。世の中には、私たちみたいに家と子どもしか世界がない人につけこむ人たちもいますけれど」
まさに自分が懸念した通りの問いかけだった。
「いえ、そんなわけでは――」
図星を突かれると否定したくなる。麗菜は一旦、腰を落ち着けた。
「晶子さんは、今、専業主婦の社会復帰を支援するNPOの設立のために動いているんです。自分のしてきた苦労を他の人に味わわせたくないからって」
「苦労?」
「晶子さん、保育園に入れなくて退職して、やっと子どもが小学校に上がったと思ったら、病気がちで不登校になって……ここに来るまで、色々大変だったみたい」
頭を使えば「良い人生」が送れるんじゃないの?
そんなわけない。事実かもしれないが、自らの主張が盾になる。誰だって、少し頭を使って努力すれば、自分らしく効率のよい人生を送れるはずなのだ。
彼女の生き方に理解を示すことは、自説と、自分の彼女への対抗心が誤りだと受け入れること。麗菜は、言い訳のように反論した。
「うちの会社は、その辺り制度が整った会社だと思いますけど。私も会社を選ぶ際にその辺りが決め手になったくらいで」
「へぇ……麗菜さん、若いですもんね。会社を選べた時代なんですね」
「それなりに就職活動は苦労しましたが」
「それでも入れているじゃないですか。晶子さんは、派遣で入って選ぶ余裕もなく行きついた会社だと言っていました。それに、どの会社も、制度が整ってきたのはここ数年ですからね。私の職場もそう」
ナナミさんも、晶子さんと同年代なのだろうか。氷河期か、あるいはリーマンショック世代の。棘のあることば達だったが、口調は優しかった。
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