【2022年アツかった記事】ステージ衣装用の真っ赤なランジェリーで“魔法”にかかった

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2023-01-27 20:03
投稿日:2023-01-02 06:00
【「イキてく強さ」】
(2022年11月に公開したものを一部変更し、再掲した記事となります)

  ※  ※  ※

 書店員として本を売りながら、踊り子として舞台に立つ。エッセイも書く。“三足の草鞋をガチで履く”新井見枝香さんの月イチ連載です。皆さんは、下着売り場の試着室でのほろ苦い体験、ありますか?

劇場のステージ上で「図書館本」を受け取る

 ストリップ劇場のステージで、お客さんから『ブラを捨て旅に出よう』という文庫本を受け取った。

 フィルムでコーティングされた、いわゆる図書館本である。本を売る仕事の人に、借りた本を貸すとは、なかなか色んな意味ですげぇなと驚いたが、そういったハードルを「今あなたに読んで欲しい!」という強い気持ちだけで飛び越えてくる人を、私は嫌いではない。

 ただ、さすがに持って帰るわけにはいかないから、次の出番までに読んで返さなくてはならない。さすがの私も、ザッと斜め読みするのが精一杯だ。

 それは貧乏乙女が世界を旅する旅行記で、〈下着にポケットを縫い付けてお金を隠す〉という話が目に付いた。

 確かに治安の悪い国では、お金の隠し場所に気を使う。女性ならパンティだけでなくブラジャーもあるから、男性よりも隠し場所が多い。しかもブラジャーなら、ポケットを縫い付けるまでもない。ふっくらと膨らんだブラパッドを仕込むポケットの収納力は、なかなかのものである。

衣装を求めてランジェリーショップへ

 ストリップのステージで、衣装として真っ赤なブラジャー(Aカップ)とショーツとガーターベルトが必要になり、インポートものを扱うランジェリーショップに行ったら「そういったサイズはございません」と門前払いで、私に合うブラジャーなどこの世にひとつもないような心地になる。

「そういったサイズ」は、Amazonで探して取り寄せるしかないのだろうか。できれば下着は、試着して選びたかった。それに、次の公演まで日にちがない。

 そういえば、西銀座デパートの地下は、フロアのほぼ全てが下着売場だった気がする。思い付いて足を運ぶと、ショップを片っ端から見て回った。

 漸(ようや)く理想の下着を見つけたのは、売場の端っこにある小さなインポートランジェリーショップ。どこも取り扱いが少ないガーターベルトと、揃いのAカップブラジャーを探すのは至難の業であった。

 試着してみると、カップは余っていないし、ガーターベルトもしっかりとした作りで、かの有名な「サルート」よりもお手頃な価格だ。申し分ない。

 ところが店員さんは、別のサイズも着てみないか、と言う。試しに着けてみると、ぴったりだ。なるほど、ポケットにパッドがあらかじめ仕込まれている。

「ビビデバビデブー!」の魔法

 しかも私の胸は左が大きいので、それに合わせて左に1枚、右に2枚。さらに店員さんは、脇におっぱいがはみ出ているから、パッドを追加して、もっと大きいサイズにしたほうがいい、と言う。

 それはただの脇肉……と思いつつ着用すると、店員さんが「ビビデバビデブー!」と魔法をかけ、おっぱい周囲の肉全てをカップにぶち込んだ。

「いかがですか?」

 Eカップの上には、ふっくらとおっぱいが盛り上がり、脇肉のぷよぷよが消滅している。イッツミラクル!

 ステージで踊るどころか、両手を振って2、3歩歩けば、あっという間に魔法が解けることはわかっていた。この状態は、サウナの後に水を飲まずに体重計に乗るようなまやかしだ。

 しかし私のおっぱいは、店員さんの期待に応えたかった。マラソンの高橋尚子選手が、小出監督の期待に倒れるまで応えたように、会計のレジまで走り抜けよう。

真っ赤なブラジャーが欲しかっただけ

 翌日スタジオで着用し、全身鏡に映った下着姿は、イメージしていた〈初めて好きな人の前で服を脱いだ乙女〉ではなく、〈不倫に慣れきった熟女〉でしかなかった。

 Aカップに比べ、Eカップはブラの布地がやたら大きく、パッドでぼってりと膨らんだ様が、薄い胸の儚さを根こそぎ奪って、逆効果でしかない。

 そもそも私は、胸を大きく見せるブラジャーを探していたのではなかった。Aカップの胸でパカパカしない、真っ赤なブラジャーが欲しかっただけなのであった。

 次回は「ガーターベルトの付け方編」を予定している。下着の悩みは続く。

 後ろ側のベルトは、腿の裏ではなく横に着けるなんて、学校では教えてくれなかったよ!

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


アポなしで何時間も…在宅勤務を義母に邪魔される妻の苦悩
「うまくやっていきたい」――。互いがそう思っていても、ちょっとしたギャップのせいでボタンを掛け違えてしまい、人間関係に大...
もしかして嫌われてる? 家に遊びに行くと嫁に疎まれる義母
「うまくやっていきたい」――。互いがそう思っていても、ちょっとしたギャップのせいでボタンを掛け違えてしまい、人間関係に大...
入院で有給休暇を使い切ったら…どうなる?あなたの生活資金
 突然の入院!手術! そんな時は「限度額適用認定証」を利用すれば医療費は一定額しか請求されません、という話を前回に書きま...
ママ友たちとあっという間に仲良くなれる“3つのポイント”
 子育て中に悩むのはママ友との関係。なかなか仲良しママができずに苦労する人も多いのです。けれど実はとある3つのポイントを...
日陰でのんびりだったのに…西日の暑さに固まる“にゃんたま”
 ニャンタマニアのみなさま、残暑お見舞い申し上げます。  暑い日は、スーパーの鮮魚売り場に行って涼むのが最高。 ...
コロナ太り解消!デルフィニウムの青い花で食欲コントロール
 やたらと長い梅雨がやっと終わったな……と思ったら、すぐに連日の灼熱地獄。ただ息を吸っているだけでも死ぬ思いなのに、加え...
「俺と結婚してよかったと思ってる?」突然の質問の真意とは
 郊外に念願の一軒家を手に入れた、1組の「パワー夫婦」。会社への通勤には少々不便な地でも、テレワークがメインの今は「少し...
クールでダンディなボス猫“にゃんたま” 鋭い視線にドキッ!
 映画「ゴッドファーザー」の愛のテーマ♪ が聞こえてきそう。  きょうは、圧倒的なカリスマ性で猫島の組織をまとめる...
「どうせ私なんて…」自己肯定感が低い人が陥る“恋愛のワナ”
 生活様式や経済環境の変化で、不安を感じやすい状況が続いていますよね。自分に自信が持てない状態――「自己肯定感が低い」状...
離婚直後だからこそ…!新しい交友関係に飛び込むメリット
 離婚したばかりの時って、なんとなく世間に後ろめたい気がしませんか。私は人と会うのが怖くなり、友人の結婚式をお断りしてし...
冷えたガラスが気持ちいい♡夏が苦手なフワフワ“にゃんたま”
 きょうは、空中浮遊のにゃんたまωにロックオン。  長毛種の猫にとって、日本の夏は……湿度サイアク! あつくるしい...
「天命」を受け入れ死にゆく友人へ…最期にしてあげたいこと
 考えてみるとお花屋さんというお商売は、亡くなるご本人やそのご家族、あるいは、その知人との距離が微妙に近い不思議な職業で...
ガリガリ~♪ 爪とぎでストレス発散の揺れる“にゃんたま”君
 きょうは、爪とぎ中のにゃんたまωにロックオン。  ガリガリガリ♪♪♪ ストレス発散!きもちイイな~!  猫...
貯金がないのに急な入院や手術…高額療養費制度で乗り切ろう
 病気入院や手術が急に決まったとき、すぐに直面するのが治療費と収入に関する不安です。例えば日本人女性に多い子宮頸がんは若...
気になる白猫を見つめて…片思い中の“にゃんたま”の後ろ姿
 仲間たちが噂していた「白ユリのような可憐な女の子」があっちにいる!!!  きょうは、スグに声を掛けず、まだ若い白...
香りが苦手な人も ニューヨーカー直伝「パクチー」の食べ方
 アメリカ、特にニューヨークではメキシコ料理、ベトナム料理、中華料理が人気です。そして、それらの料理にはパクチーがよく使...