#3 結婚で“輪”から去る友人への寂しさ。心地よい独身生活で失ったもの

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2023-12-17 06:00
投稿日:2023-12-17 06:00

【高円寺の女・浜口沙恵32歳 #3】

#2のあらすじ】

 ミュージシャンの沙恵は高円寺に暮らし、毎晩芸人の卵や音楽仲間と飲み歩いている。高円寺はうんざりするような現実から解放してくれる街なのだ。だが、仲間のひとりが引っ越しを宣言し…。

 結婚宣言から1カ月後。たかぴーは本当に高円寺を出て行ってしまった。

 私は、いまだにあの店にいる。

「――もしかして、好きだったんじゃない?」

 くだを巻く私を横で茶化すのは、NYから帰ってきたばかりのナベさんだ。

「んなわけないじゃないですか。彼女いるの知ってたし。なんか、さみしいだけですよ」

「はいはい」

 仲間がこの街を出て行く。それは今までもよくあったこと。

結婚だけじゃなかった、もう一つのサプライズ

 さらに私を驚かせたのが、彼がお笑いの大きな賞レースで決勝に進んだという報告だった。

 それをきっかけにプロポーズしたのが、彼の結婚のいきさつだという。

「結局、あいつもこの街を捨てちゃったんだなって…」

「捨てるわけじゃないでしょ。彼の成功が励みになったりしないの?」

「しませんね。苛立つばかりで」

 私がキッパリと言い切ると、ナベさんは大きな声で笑った。

「さっすが。そう来なくっちゃね、沙恵ちゃんは」

 妙に嘲笑じみていたので、私もカチンと来てしまった。

「人のこと言えるんですか」

「言えねーな。でも、こんな俺でも、あの人みたいにならないようにだけは気を付けてるよ」

 ナベさんが小声で囁いた目線の先に、この店のカウンターの主がいた。

カウンターの主の過去

 志島さんである。

 今日も彼は、コの字の奥の、ちょうどひとり座れる席で水割りを傾けていた。

 聞くところによると、彼は昔、役者を目指していたそう。第三舞台、夢の遊眠社などが活躍した1980年代の小劇場ブームの時からこの街にいるのだという。

「ここは、ハマったら抜けられない街だからね。『ずっとこのままでいたい』って、魔法がかかっちまう」

 サブカルへの造詣があり、年相応には見えない容貌、でも近くに行くと確実に年齢を重ねていることがわかる、志島さん。

 いつもひとりで呑んでいて、物欲しげな遠い目で私たちを見つめている。

 その視線にどこか気持ち悪さを感じることもあったが、昔の仲間や自分を重ねているのだろうか、とそれを聞いた今、胸がキュッとなった。

「別に…このままでも、いいじゃないですか」

 反論するように告げると、ナベさんは私の空になったコップにビールを注いだ。

「いいと思う。この街がどんなに変わっても、沙恵ちゃんはずっとここにいて、いつまでも俺たちの宿木のような存在でいてくれてもいい」

 何も言えず、私は注がれたすべての量のビールを飲み干した。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


 片付けられない人の「あとで使う」を信じるな! 笑っちゃうトンデモ言い分6連発
 あなたは部屋を片づけるのが得意ですか? それとも「片づけて!」と怒られてから渋々片付けようとするものの、なかなか片づけ...
小さいけれどめっちゃタフ! ヒマワリ界の超新星「サンフィニティ」ほっぽらかしでも100輪咲くよ
 猫店長「さぶ」率いる我がお花屋の仕事には、歩道や公園の脇に造成された花壇への草花納入もあります。その中には近隣も含まれ...
組織には必要不可欠?「デキおじ」に「女々しい高倉健」などクセありおじさんが大活躍!
 本コラムは、地元の“幽霊商店会”から「相談がある」と言われ、再始動の先導役を担う会長職を拝命することになったバツイチ女...
老眼は関係ないよ? アイドルグループが皆同じ顔に見える現象で決意したこと
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
「愛想笑い、やめたい」気づいたらヘラヘラ…いつもニコニコ女子も人知れず悩んでいます
「無意識に愛想笑いをしてしまう…」「1日中愛想笑いをして疲れた…」このように、愛想笑いがやめられずに悩んでいる女性は多い...
アラフィフ独女が見たフジテレビ問題。氷河期世代の私が感じた世代間の「当たり前」のズレ
 アラフィフ独女ライターのmirae.(みれ)です。昭和48年生まれの私は、氷河期世代として社会に出たときからセクハラや...
仕事でも損してない? 自己肯定力が低い人の特徴&高める方法4つ。まずはネガティブな口癖から卒業しよう
 自分をいつも卑下し、好きになれない人は「自己肯定力」が低い傾向があります。そこで今回は、自己肯定力が低い人に見られる特...
常に後方待機! 完璧フォルムの“たまたま”を愛でるマニアの悲しき運命
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
大都会のミスマッチ
 まだまだ続く、花冷え。  下を向き、背中が縮こまりかけたその時、ああ、いかんいかん。  気を取り直し、上を...
【女偏漢字探し】「戌」の中に隠れた一文字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
【動物&飼い主ほっこり漫画】第94回「迷子さんはパリパリモグモグ」
【連載第94回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
怖っ!若手社員が偉い人から圧を感じたLINE3選。無意識にやらかしていませんか?
 アラサーアラフォーになると部下や後輩の割合が増えてくるもの。そんな自分より立場的に下の人たちへ無意識に“圧”をかけてい...
白髪じゃないよグレイヘア 染める・染めないより大切なこと
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(64)。多忙な現役時代を経て、56歳...
有能でも「ママ」の肩書きに埋もれる現実。“報われない世代”が後輩ママにウザがられても助言するわけ
 タワーマンションが立ち並ぶ街・東戸塚に暮らす麗菜。現在は育休中であるが、復帰後もバリバリ働く予定だ。年収2000万超え...
バリキャリ→量産型主婦への変貌に愕然「仕事も結婚も…なんて無理だよ」心配ぶった“呪い”はもうウンザリ
 タワーマンションが立ち並ぶ街・東戸塚に暮らす麗菜。現在は0歳児の長女の育休中で、第二子を妊娠中である。先々を見据えてラ...
「専業主婦は文句ばかり」戦略的バリキャリママの主張。家庭と仕事、手に入らないのは“努力不足”でしょ?
 山森麗菜はタワーマンションが林立する街に暮らしている。  と、いっても豊洲や有明などの湾岸エリアでもなく、武蔵小...