千代田区民は“勝ち”だよね。通勤ラッシュを知らない自分は上流階級層の女

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-01-13 06:00
投稿日:2024-01-13 06:00

【御茶ノ水の女・鈴木綾乃33歳 #1】

――『東京の中心に暮らす、ということ』…なんてね。

 鈴木綾乃の頭の中にマンション販売のコピーのような、そんな言葉が思い浮かんだ。

 東京は、朝の8時半。

 御茶ノ水駅前のスターバックスコーヒーで、のんびりラテを傾けるこの時間は、出勤前の至福のひとときだ。

 綾乃はガラス窓越しに、改札口から湧き出てくる人々の群れをぼんやり眺める。

 誰もが通勤、通学に疲弊した顔をしている。どれだけ遠い郊外から運ばれてきたのだろうと彼らに想いを馳せた。

 そして、その者たちとは違う世界にいる自分を思い知る。

夫の栄転がきっかけ

 綾乃は、中央線・御茶ノ水駅から徒歩10分ほどの分譲マンションに2歳年上の夫と4歳の娘と共に住んでいる。

 実父がかつて投資用に購入した3LDKの物件を、生前贈与で譲り受け、夫の東京本社異動をきっかけに3カ月前、引っ越してきた。

 地上10階建ての9階のその部屋は、築20年は超えているがスタイリッシュにリフォームがされている。そんな高揚感と暮らしやすさを兼ね備えた居住空間は、綾乃の気持ちを十分に満足させている。

 夫の孝憲は現在、神田駿河台にある大手保険会社に勤務している。課長職という役職は、同期の出世頭だ。

 少し前までは北関東にある支社のいち課長代理だった孝憲。そこに突然の昇進と東京への異動辞令――以前の部署で、実績を残した結果ということから、栄転といってもいいだろう。

 その土地の病院で薬剤師をしていた綾乃は、退職を余儀なくされたが、東京への移住は何よりも代えがたいご褒美だった。

カルティエのタンクが象徴するもの

 幸い、すぐに今住んでいる場所に近い大学病院から転職のオファーもあり、二の足を踏むことなく都会のど真ん中へ行くことを決めた。

 ラテを飲み終えた綾乃は、駅から出てくる人波がまばらになってきていることに気づく。

 腕時計の短針は、9に届きそうな位置だ。

 綾乃はスーツの袖口から顔を覗かせるきらきら光る文字盤を眺め、現在の幸せをかみしめる。

 カルティエのタンクフランセーズ。

 孝憲から先日の結婚記念日に贈られたものだ。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


変わらず、光り輝いて
 街中にある機関車の車輪。  自分の背丈ほどの巨大な車輪を30年以上、1日も欠かさず磨き上げた人に出会ったのは、も...
【女偏漢字探し】「季」の中に紛れ込んだ漢字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
プライド高っ! マウントをとる女の闘志メラメラLINE3選。バッグの値段、婚活の人数、子どもの習いごと…
「あなたより私のほうがすごい」と相手より優位に立とうとする女。そんな“マウントをとる女”は、LINEでも闘志メラメラのよ...
無意識な「フキハラ&ちくちく言葉」で職場のモチベ下げていませんか?
 相手を遠回しに攻撃する人いますよね~。不機嫌な態度で周りを威圧する「フキハラ」に加えて、嫌味たっぷりの皮肉っぽい「ちく...
フジテレビ問題で物議…【弁護士解説】職場や取引先との飲み会、部下や後輩とトラブルにならない誘い方は?
 芸能界を引退した中居正広氏(52)の女性トラブルを巡って、幹部社員の関与が疑われているフジテレビ。トラブルが発生してい...
「寒い。めんどい。やる気でない」を打ち破れ! 40女が実践するランニング継続のコツ
 1月ももう終わり。2025年の抱負として「運動習慣を身につける」と掲げた方も多いのでは。  仕事前にちょっとひとっ走...
あわや一触即発と思いきや…お互いを褒めあう仲良し“たまたま”たち
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「金運を上げる玄関」って? お金持ち宅の“テクニック”も参考にした生花の選び方
「米の値段がまた上がる!」がSNS界隈でバズっております。ワタクシの唯一の癒しでもある大好物(甘いもの系)のサイズや数量...
圧強めのママ友、涙を飲んだ受験生にはどう返信する? お受験シーズンはLINE界隈もてんやわんや
 今年も受験シーズンが到来。自分の子供の人生を少しでも良くしようと必死の「お受験ママ」がいる一方で、不合格で落ち込む受験...
まさか痴漢に遭うとは…更年期真っ最中のおばさんの身に降りかかった「性的な危険」
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
経験値不足が招いた悲劇か? 恋人や家族の「仰天センス」にドン引きしたエピソード
 買い物をしている時やプレゼントをもらった時など「なんでそれを選んだの!?」と驚くような仰天センスの持ち主に出会うことが...
まるで物語のワンシーン! 静かに佇む美しきシルエットの“たまたま”
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
茜色の街に思うこと
 茜色の街はまるでスクリーンの中のようだ。  ほんの少し、立ち止まって、世界観に没入する幸せ。
【動物&飼い主ほっこり漫画】第89回「お散歩行くでゴザル」
【連載第89回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
【女偏漢字探し】「嫐」の中に紛れ込んだ漢字は?(難易度★★★☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
LINEで話を聞いてほしいだけの人への対応3カ条。真剣に考えた時間の分だけガッカリしないために
 友人からLINEで相談を受け、親身になってアドバイスをしたのにまったく聞いてくれなかった…なんて経験はありませんか? ...