世帯年収1500万円でも越えられない壁。耐え難い屈辱を喰らった女の選択

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-01-14 10:23
投稿日:2024-01-13 06:00

綾乃は彼女たちに追いつこうと、情報を調べたものの…

 香那と共に帰宅後、綾乃はすぐにパソコンを開き、お受験教室や体操教室、そして私立小学校の学費を調べた。

「塾で月5万円…100万超えするところもある…。それをいくつもなんて」

 年長クラスになると、志望校別のオプションがあるため、さらに数十万円単位での上乗せがあるという。

 それに加え、もしどこかに入学が決まったとしても、学費は年間100万円はくだらない。全て私立なら、これが大学卒業まで続く。塾代や習い事代もさらにかさむ。

 お付き合いや式のための洋服やバッグもそれなりのものを買わなければいけないだろう。背伸びをすれば何とかなる試算ではあるが、2人目はあきらめなくてはならない。

東京の空は高すぎる

――うちには難しいかも…。

 綾乃がどんなに意地を張っても素直にそう思える額だった。

 地元では名が知れた開業医の家に育った綾乃。両親に頼めば出してもらえるだろうが、公立優位の地方に育った両親にその考えは理解されるはずもない。夫は大手企業ではあるが所詮サラリーマンのため、今の会社にいる限りは収入が爆増するようなツテもない。 

 綾乃は試算が表示されたパソコンの画面の前で頭を抱えた。年収1500万円を超えるわが家であっても、手に届かないものがある現実が迫る。

 そして、その先には自分もまだ知らない世界があることも。

『東京の中心に暮らす、ということ』――。

 それは、空がとてつもなく高いという現実を知ることだった。

本当の富裕層との絶対的な違い

 たまの贅沢品に手が届く程度で、ピラミッドの上位にいると自分は信じていた。本当の富裕層は、それが贅沢だと気づかない。贅沢品が日常なのだ。

 小学校受験は当然で、民間の保育園に預けて、雇われで働きに出るという発想もない。

 たとえ、それが「社会の中で自分らしくいるため」という言い訳があっても…。

 何よりも悔しかったのは、彼女たちから自分が憐れみの目でみられている存在だったことだ。

 綾乃が仕切ったグラハイのランチ会以降は、高柳さんの仕切りでカジュアルなファミリー向けレストランをセッティングされた。森さんが自宅をお茶の場として提供してくれるようになったのも、そういうことだったのだ。

 自分も、地元やここに来る前は、周りの人々にあえて“降りて”接していた。だから、悪気がないのはわかっている。余裕があるゆえの他者への慈しみだ。

 だけど、ここでは目線を降ろされる側にいる――綾乃は今まで感じたことのない焦燥感に絶望する。そこにいる自分が許せなかった。それがどんなに優しい世界であっても。

惨めさにもう耐えられない! 自分らしく暮らせる場所を求めて

「ねえ、あなた。相談があるのだけど」

 綾乃は孝憲が帰ってくるなり、小学校受験に関するホームページを見せた。孝憲がその費用について驚愕することは想定内だった。

「だから…この家を売るか貸すなりして、ベイエリアか小杉あたりの手ごろな物件に引っ越したらいいんじゃないかと思って。細かいことはこれから調べるけど、この物件、相当高い値段がついているみたいなの」

 彼女たちの前で、惨めさを抱いたまま暮らすことが綾乃にとって耐えられなかった。

 自分らしく、生き生きと暮らせる場所――そこは、周囲を悠々と見下ろせる場所だということを綾乃は実感したのだ。

「香那の将来のためなの。だから…ね、考えてみて」

 綾乃は自分に言い訳をしながら、孝憲を説得するのであった。

 もっともらしい理由を次から次へと紡ぎながら。

――Fin

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


猛暑の夏…健康な高齢者でも熱中症予防を“家族ですべき”理由
 介護士をしていた経験をもとにライターをしています。筆者はこれまで、認知症の症状や認知症を発症した時の具体的なケアについ...
がんでごめんね…「人生最後の生理」はある日突然やってきた
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー2年生です(進級しました!)。がん告知はひと...
さくらももこさんのエッセイに学んだ 本当の「時は金なり」
「時は金なり」という言葉、年を取れば取るほど心に沁みるのはなぜでしょう。私がこの意味を意識したのは、さくらももこさんのエ...
産毛のような初々しさ…もうすぐ去勢する“にゃんたま”の刹那
 羊毛フェルトで作られた「にゃんたまストラップ」が巷で流行中。フニフニ揉むと、心癒され気持ちが落ち着くのだそう。 ...
結婚したら退職する? 自分が幸せになるための人生の歩み方
 少し前のOLだったら「寿退職」なんて当たり前だったのでしょうが、今はそうはいかないですよね。共働きが普通だし、お金の心...
大人になっても趣味に没頭したい! おすすめできる3つの趣味
 ストレス社会で闘う毎日にふと疲れた時、「何もかも忘れたい」と思うことはありませんか? 多くの人は飲み会や買い物で鬱憤を...
鬼灯って読めますか?夏の風物詩「ホオズキ」の意味と活用法
 地域によりますが、八月はお盆月でございます。  八月の声を聞くとワタクシのお店もお盆のお支度で慌ただしくなり、店...
夕陽で赤く輝いて…黒猫“にゃんたま”は美しい絵のようだった
 にゃんたマニアにみなさんこんにちは! きょうは、初めての黒猫にゃんたまωです。  黒猫のにゃんたまって、真っ黒だ...
遠方に住む親が心配…介護サービスの上手な選び方&使い方
 遠方に住んでいる両親が介護状態になった時、多くの人が「大丈夫かなぁ……」と心配になるはずです。しかし、現代では親の介護...
ホステスの世界にもある「裏引き」という名の“闇営業”の実態
 世間をにぎわせた“闇営業”。「事務所を通さず仕事のオファーを受け、報酬を得る」行為は、夜のクラブでも存在します。店に許...
料理下手を克服する4つの方法 もうメシマズ女と言わせない!
「料理を作ると思った通りの味にならない」「どうしても美味しくない」、そんな悩みを抱えていませんか? せっかく料理をしよう...
住宅ローンは一生無理?がんになった場合の気になるお金の話
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー1年生です。がん告知はひとりで受けました。誰...
大きなチャトラ“にゃんたま”君 立派な尻尾が上がった瞬間!
 にゃんたまωに、ひたすらロックオン! きょうはみんな大好きチャトラ君の鈴カステラです。  小さな港を忙しそうにパ...
恋愛序盤の花火デートはキケン! 準備ゼロでは行かないが吉
「花火デートってドキドキする」――。この季節、誰もが期待し盛り上がる「花火大会」ですが、調べもせず安易にデートとして行く...
ピルをもらう方法と病院選びのコツ…“避妊”が理由でも良い?
 第1回「日本はピル後進国!『ピル=避妊』の考え方は遅れています」、第2回「ピルで確実に避妊するなら?心構えや男性任せの...
声かけが大切! 子どもの“やる気スイッチ”をONにする方法
 子どもの心スペシャリストとして子育て中のお母さんたちと接していると、「子どもにやる気を起こさせるにはどうしたらいいか?...