【西荻窪の女・土井かおり36歳 #3】
西荻窪の実家で母親と2人で暮らし、工場でパート勤務をしているかおり。平坦な毎日だったが何気なくインスタに投稿していたシフォンケーキの記録がにわかに注目を浴びる。インフルエンサーの仲間入りを果たし…。【前回はこちら、初回はこちら】
◇ ◇ ◇
自分が世間から求められるという喜び。味わったことのない使命感。
小さい頃からスクールカーストも下位、アニメやマンガ文化にもどこかハマれず、友達は小学校から一緒の女の子だけだった。
社会の歯車の中に埋もれていても、人に迷惑をかけずに生きられるなら、それで十分だと思っていた。…いや違う、思い込んでいたのだ。
――最近の私、生きているって感じがする!
勝手に自身の中の相応を決めていた。可能性や欲望をそのレベルに合わせていただけの人生だった。
その先の光に、手を伸ばそうなんて思ってもみなかった。そして、伸ばした先に、こんな喜びがあるなんて。
そして、さらにかおりの心を躍らせる出来事が起こった。
「土井さん、雑誌でシフォンケーキ紹介の連載をする気はないですか?」
以前、雑誌系のweb媒体でコメントを依頼してくれた編集者が、声をかけてくれたのだ。
私は特別な存在だったんだ
トントン拍子に話は進み、雑誌の連載は始まった。またたくまにフォロワーも10万人に達した。
ニッチながらも潜在的に好む人が多いスイーツだったからだろう。
ついに、ファンからは『シフォン博士』という称号を与えられ、かおりはいつの間にか注目される存在になっていたのである。
もちろん、工場パートは雑誌連載開始とともにやめた。
金銭的に余裕が出てきたというのもあるが、誰でもできる作業で働いていることが空しくなってしまったのだ。
かおりがSNSで紹介したお店は、どこも行列ができるようになる。社会の歯車にならなくとも、世界を動かせることを知ってしまったから。
――私は特別な存在だったんだな…。
母と暮らす家の外にも、居場所はあった。自分が唯一無二の存在だという自己肯定感が、かおりの中にみなぎる。
さらに好きなものをまっすぐ追求するため、より一層シフォンケーキの研究に費やすようになった。
しかし、半年ほど経ったある日…。
ライフスタイル 新着一覧