小説に描かれた早朝のセックスシーンが口惜しい。“あの対処”がなくて…

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2024-11-29 06:00
投稿日:2024-11-29 06:00

原因は私?

 好きな小説家の新刊を、いまいち入り込めないまま読み終えてしまい、口惜しい。それぞれ特殊な幼少時代を過ごした男女が出会い、静かにゆっくりと愛を育むというストーリーが、いつものほっこりテイストで綴られている。

 新境地でも異色作でもない。どうも原因は読み手の私にあるようだ。

他人のセックスに娯楽を求める人々

 釈然としないまま、私は推理小説の伏線を探すように、最初から読み直した。今までとの違いは何か。

 しいていえば、セックスシーンが多く、より具体的に描かれている点だが、それは物語的に必然性のあるものだった。テレビドラマにおける、視聴率確保のための無意味な濡れ場とは違う。

 映像化作品の多くは、ここぞというタイミングで、いわゆるエッチなシーンが設定されている。原作の小説や漫画には存在しなくても、制作側が意図してそういったシーンを盛り込むことも珍しくない。

 世の中には、他人のセックスを娯楽として見たい人が多いということだ。しかし私は楽しめない。むしろ不快感を抱いてしまう、マイノリティだ。


【こちらもどうぞ】ラブホテルに泊まりました。

不快な五感の記憶…

 セックスシーンは、不快な五感の記憶をよみがえらせる。乾き始めた唾液の有機的なにおい、肌のうっすら苦しょっぱい味、粘膜がたてる水気を含んだ下品な音、たるんだ皮や性器の美しくない色。

 ベッドで燃え上がるふたりにとっては良い刺激になるのだろうが、お茶の間にいるこちとらは、肉体的に全く平常な状態であり、なんならシラフでお食事中である。

 そして最も嫌な記憶は、早朝のセックスシーンで呼び起こされる。

寝起きは口が臭いもの

 小説では、初めて結ばれたふたりが朝方目を覚まし、小鳥のようなくちづけを交わす。そこまでは、まあ良い。しかし昨夜の興奮を思い出した彼らは、再びお互いの体を求めあう。

 そこに至るには、情熱的なキスを交わさないわけはない。しかし、どんなに注意深く読んでも、寝起きの口の臭さに対して、なんらかの対処をする描写がない。

 寝る前に歯を磨くシーンはあったが、私の経験上、それでも寝起きは口が臭い。そして、どんなに好きな相手でも、臭いものは臭い。

 小説はフィクションである。しかし、虚構を作り上げるには、ある程度のリアリティが必要だ。「臭ぇ!」と叫んで張り倒さないまでも、あ、このタイミングでお茶を口に含んだから、カテキンの効果で臭いはマシになってるな、くらいの配慮が欲しかった。

 多くの人が美しい愛を感じるシーンで、マイノリティの私は、小説の世界からはじき出されてしまったのである。

寝起き口臭の偉大なパワー

 相手の全てを受け入れるのが愛だとしたら、その口の臭さすらも愛さなければならない。本当の自分をさらけ出すのが愛だとしたら、臭いと思われる口でキスをしなければならない。

 しかし寝起きの口臭は、100年の恋をも醒ます。幸福な愛の物語で、これほど絶望的な気持ちになる読者がいるなんて、作者は夢にも思わなかっただろう。

 すべては寝起きの口でディープなキスをしてきたアホな男のせいである。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ラブ 新着一覧


「10年前から決めていた」夫と不倫相手の妊娠騒動を耐えた45歳女の復讐
 男女の関係では、交際相手や配偶者の態度に悩む人も少なくありません。愛し合っている男女間でも、価値観や物事の判断には個人...
並木まき 2025-04-19 14:52 ラブ
おいおい…既婚者からLINEで告白、どうかわす? NG返信で1つですべてを失うかも!
 既婚者にLINEで「好き」と言われたら、どう返信するのがよいのでしょうか?  実際に経験がある女性たちにやりとりを見...
恋バナ調査隊 2025-04-19 06:00 ラブ
「女は求められてなんぼよね」還暦女とも男女の仲に…若旦那を共有するセレブ妻らの同盟 #3
 静香さん(35歳茶道講師/既婚子供アリ)は、祖母、母と3代にわたり、都内の邸宅で茶道教室を開いている女性だ。彼女は懇意...
蒼井凜花 2025-04-18 06:00 ラブ
会えなくて不安…彼と休みが合わない問題、どう乗り越えた? 長続きカップルに聞く秘訣
 休みが合わないカップルは、寂しさや不安が膨らんだり、相手への気持ちが分からなくなったりしがち。ただ、長く順調に付き合っ...
恋バナ調査隊 2025-04-18 06:00 ラブ
専業主婦なんてもってのほか! 正社員じゃなくなった途端、モテなくなっちゃう婚活の超リアル
 正社員の時には、婚活アプリに男性からのアプローチがたくさん届いていた……それが退職して無職になった途端、激減したという...
内藤みか 2025-04-17 06:00 ラブ
夫の育成に失敗した女たちの悲劇。「門限0時」に設定したら帰ってこなくなっちゃった!
「夫にはこうであってほしい」と、夫の育成を試みる女性もいるのではないでしょうか? でも育成方法を間違えると、自分で自分の...
恋バナ調査隊 2025-04-16 06:00 ラブ
「もう向き合う気力もない」夫婦のセックスレスに疲れました。自分を守るたったひとつの方法は?
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方をテーマにブログやコラムを執筆している豆木メイです。  セックスレスや夫...
豆木メイ 2025-04-15 06:00 ラブ
「GPSアプリ入れて」と要求されたらどう思う? アラサーアラフォー世代の男性のホンネ
 相手がどこにいるのかリアルタイムで把握できるGPSアプリ。若いカップルの間では利用している人が少なくないようです。 ...
恋バナ調査隊 2025-04-15 06:00 ラブ
「ドキドキしてる」にテンション爆上がり!デート前日のLNEは女からが吉
 意中の彼とのデートが間近に迫っている女性は必見! 今回は、男性が喜ぶデート前日のLINEをご紹介します。いったい男性は...
恋バナ調査隊 2025-04-13 06:00 ラブ
「俺もいいトシのおじさんですから」燃える恋愛より穏やかな関係を求める52歳男性の達観
「冷酷と激情のあいだvol.241〜女性編〜」では、カツノリさん(52歳・仮名)との交際を検討している瞳さん(47歳・仮...
並木まき 2025-04-12 06:00 ラブ
「寂しいアラフィフ女認定は嫌!」自分のブランディングに翻弄される47歳女性の見栄
 男女の関係では、交際相手や配偶者の態度に悩む人も少なくありません。愛し合っている男女間でも、価値観や物事の判断には個人...
並木まき 2025-04-12 06:00 ラブ
「色白のお肌がいっそう映えますね」呉服屋・イケメン若旦那は熱海の旅館でマクラ営業? #2
 静香さん(35歳・茶道講師/既婚子供アリ)は、祖母、母と3代にわたり、都内の邸宅で茶道教室を開いている女性だ。彼女は懇...
蒼井凜花 2025-04-11 06:00 ラブ
年親を安心させたい。でも、30代で付き合った不倫相手が忘れられません(44歳女性、IT勤務)
 都内のIT企業で働く44歳女性です。年収は1000万円弱で、経済的には自立していますし、年齢的にも子供も望んでいません...
植草美幸 2025-04-11 06:00 ラブ
どんな“優良物件”も劣化させちゃう悲しきモンスター! 男をダメにする女の5つの特徴
「男を見る目がない」「ろくな男がいない」と嘆いている女性の中には、男をダメにする女が含まれているのも事実。あなたもそんな...
恋バナ調査隊 2025-04-11 06:00 ラブ
アラフォー妻が実践するセックスレス解消の秘技。夫と再び燃え上がった3つのステップ
「ダンナがしてくれなくて…」とセックスレスに嘆く女性は少なくありません。  近頃は女性用風俗や恋人レンタルに癒やしを求...
内藤みか 2025-04-10 06:00 ラブ
「気になる人」と「好きになる人」の違いとは? 自分の恋愛感情を6つの判断軸で考えてみよう
「気になる男性がいるけど、恋愛感情として好きになっているかはわからない…」と自分の気持ちに疑問を抱いている女性、必見。今...
恋バナ調査隊 2025-04-10 06:00 ラブ