娘の「初めての反抗」だった
初めてのことだった。今までは、大声を出すまでもなく、美愛は言うことを聞いていてくれていたのだ。
目の前の大きな瞳から涙が噴き出してきた。
まるで赤ちゃんの頃に戻ったかのようなそれは、愛子の心を締め付ける。それだけ、彼女が訴えたい意志だったのか。
「お、どうしたんだ~」
晴信が呑気に仕事から帰宅してきた。美愛は咄嗟に抱き着いて、彼の胸を濡らした。
夫の存在には、正直助かった。
美愛の訴えは、愛子にとって頭では理解できていることだったから。
慶応ブランドの何がいいの?
美愛は熟考の末、共学の難関校・慶應義塾大学湘南藤沢中学を第一志望にすることとなった。
慶応という響きは、学歴コンプレックスのある晴信の心を捉え、彼からの強い後ろ盾を得た。美愛はさらに勉強に励むようになった。
「俺に似て、目標があるとまっすぐなんだな~、美愛は」
2025年1月――受験の2月も迫り、美愛の成績も相変わらず上位をキープしている。感染症対策で今は小学校も自主休校し、毎日机に向かうだけの日々だ。
2人の子供が既に寝た、夫婦の晩酌の話題は、やはり子供のことしかない。晴信は、美愛から受け取った模試の結果を誇らしげに眺め、それを肴に芋焼酎を傾けた。
「美愛は、女子校が合うと思うのに…」
愛子もその夜はビールを開けた。3.5%ではあるが、本音を語る程度にはちょうどいい。愛子の呪文のような吐露に、晴信は笑顔で柔らかに反論した。
「そうかな。美愛はむしろ共学向きの性格だと思っていたよ。フランクで負けず嫌いだし、女子校が窮屈そうだって思う気持ちもわかる」
「そんな…」
それはきっと、自分が彼女に慶応ブランドを背負って欲しいがための思い込みなのだ――晴信に心の中で反論する。愛子は美愛に対し、そんなことは一切感じていなかったから。
放った言葉が自分に刺さる
「あ…」
しかし、その言葉はすぐに自分に対して返ってきた。
もしかして、これも、思い込みなのだろうか? 自分の理想通りに育ってもらうための。
「俺はさ、なにより美愛がしっかりと自分の言葉で希望や夢を語れるようになったことに感動しているんだよ。受験、させてよかったな」
晴信の言葉に、愛子は何も言えなかった。
――自分の言葉で…自分の意志を…。
清涼飲料水のように、スッと染みる言葉はきっと正しい。
美愛は、自分のリベンジのための存在ではない。結果的に、自分と同じく誰かに流される人間にしようとしていた。
愛子は思い知らされた。当たり前のことなのに――。
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