48歳、乳がん検診の「要精密検査」に衝撃を受けた私、独居暮らし男の孤独死に重なる…誰にも看取られない恐怖【赤羽の女・佐藤百恵48歳】

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-06-14 06:00
投稿日:2025-06-14 06:00

生きている場所が違えど、それは平等に訪れる

 大野壮一の終の棲家は、都会の幹線道路から少し入った住宅街にある大きな一軒家だった。出迎えてくれたのは私たちより10歳以上年下の凛とした綺麗な女性だった。保育園児という小さな男の子もいた。

「結婚したのは知っていたけど…逆玉に乗っていたとはね」

 彼の家の敷地を出た途端、詩織がつぶやいた。それはみなうっすら思っていたことだった。百恵も思わずそれに乗る。

「しかも奥さん、若っ! 何歳差よ。子どもも小さいところを見ると44,5の時の子? それまで相当フラフラしてたし、諦めで結婚した感がわかる」

「肝臓がん、っていうのもらしいよね」

 長年会っていなかったからだろうか、彼の死が実感できないからだろうか、不謹慎な彼への嫌味が3人の中から湧き出た。

「奥さん、うちらにどういう感覚でハガキだしたんだろう」

「育ちよさそうだし、わざわざ年賀状を遡って一通り送ったんじゃない?」

 実は、百恵、詩織、美鈴の3人は、共に同時期に壮一に想いを寄せていた。ドロドロしたものではない、ファンクラブの様なものだったが。

 しかし、百恵が壮一と身体の関係を結んだこと、いわゆるぬけがけにより、壮一を中心とした歪な関係は終わりをつげた。大学卒業もあいまって、『わざわざ会う』関係から、『集まりの中にいたら会う』という関係になった。

「まあ私もこの前乳がんで引っかかって。初期で何とかなったけど」

「え、詩織も大変だったね。でも、そういう年頃よね」

 そんな適当な話題で場を繋いでいたら、代田橋駅に到着した。壮一の家から駅まで、よさげな店があったら入って休もうという空気があったが、よさげな店が何もなかった。

 すると、詩織がつぶやいた。

「赤羽、行く? 百恵、今も赤羽暮らしなんだよね」

「赤羽に行きたい」というふたりに抱いた思い

 赤羽は、私たちが通っていた大学からも近い繁華街で、もちろん当時は住んでいる友人も多かった。詩織も美鈴も百恵の近くの家に住んでいた。

「行きたい! 3人で行くなんてすごくエモい。最近テレビでよく見るし、みんなで行きたいと思っていたんだ」

 美鈴は弾んだ声で即答した。エモい。今風の言葉で反応する彼女には大学生の娘がいるらしい。その影響だろうかと、百恵はしても意味ない考察をする。

 ふたりとも、卒業してすぐ赤羽を出て行った。「来たい」と言ってくれたのは嬉しかったが、百恵の中にどこか腑に落ちない部分もあった。

 ――こんなときだけ都合いいんだよなぁ。

 長年、赤羽を離れて見向きもしなかったくせに、テーマパークに行くような感覚で「行きたい」「エモい」と気軽に言える彼女たちにカチンときた。

しかも今日は日曜だ。百恵はこれから、夕方からシフトが入っている。24時間のコールセンター、こんなことはザラだ。ゆっくり酒を飲む暇なんてない。

「ごめん、これから会社に行かなきゃ」

 気にしないようにしていたが、王道の人生を歩く彼女たちを目の当たりにすると、やはり心が疲弊する。卑屈になってしまう。しなくてもいい見栄を張ってしまう。自然と突き放すような言葉が出てしまっていた。

 20年も会っていなかったんだ。これからもメールやSNS上だけの付き合いなのだろう。百恵は自分からバリアを張るように、その場を後にする。それでも彼女たちは笑顔で手を振っていた。

健康診断の結果は「……え、D?」

「佐藤さん、こちらどうぞ」

 その夜、業務中に派遣の営業さんから一通の封筒を手渡された。先日うけた健康診断の通知だった。

 毎年、見るだけ無駄なくらい、Aが並んでいる。今回もそのつもりで、すぐに見るつもりはなかった。

 しかし、問い合わせの電話も鳴らず、じっとしていれば昼間の不愉快な出来事を考えてしまいそうだった。百恵は手持無沙汰で義務的に封を切る。

「……え、D?」

 乳がん検診の欄に、要精密検査と書いてあった。

スナックのみんなの様子に違和感

 命の終わりの始まりの可能性があるのに、生を訴えるかの如くドクンドクンと胸が波打つ。

 こんなことは初めてだった。

 ただ、よく考えれば、百恵はもう50近い。どちらかというと不摂生な生活を送っている。祖母と父はガンで亡くなった、いわゆるガン家系である。自分はいずれそうなってもおかしくないのだ。

「いらっしゃーい」

 行きついた場所は、いつものあの店だ。ママは相変わらずの笑顔で出迎えてくれた。

「ママさん…」

「モモちゃん。あら、そんな顔して…。とりあえず、座って」

 ママさんは理由も聞かず、受け止めてくれた。言ってもよかったけど、なぜか理由を聞かれず、彼女は落ち込む百恵の肩を叩いてくれた。

「大丈夫よ。みんな同じ気持ち。今日は飲みましょう」

私のことじゃない…もう一人の死

 ママさんはエスパーなのかもしれない。ハッとして顔を上げる。

 だけど…気がつけば、ママのドレスは、いつもの花柄ではなく、めずらしく黒だった。

 ――たぶん、私のことじゃない。

 どこか嫌な予感がして、その真意を問い返してみる。

「みんな同じって」

「ヤスさん。その様子なら聞いたよね」

「……」

「まだまだお若いのに…」

 ひとり暮らしのヤスさん。最後に会った後、家で倒れて、3日ほど、誰にも見つからずに冷たくなっていたのだそうだ。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


金運を上げる花5選!植物で開運を狙う基本のキ。黄色いお花だけではない【開運花師おすすめ】
 いくらやりくりを頑張っても、追いつかない物価高。こうなったらもう金運を呼び込むしかないかも?  お花や開運に関する...
辻希美は第5子妊娠の衝撃度。長女希空とは18歳差に…年の差きょうだいの良さと熟考すべきこと
 元モーニング娘。の辻希美(37)と夫の俳優・杉浦太陽(43)が3日、第5子妊娠を発表した。  2007年6月に結...
一気に距離が縮まる会話術! 社長も平社員も、みんな笑顔になる「あの話」は鉄板エピソード
 例えば今目の前に距離を縮めたい相手がいたら、みなさんは何をしますか? 私なら、その人の子供時代の話を聞きます。 ...
「子持ち様」認定されないように…非常識な親バカママ友あるあると3つの対処法
 子供がいると避けて通れないのが、ママ友とのお付き合い。  今回は、思わずイラッとしたママ友の親バカ行動をご紹介。周...
職場の「1on1ミーティング」を苦痛に感じる3つの原因。今すぐ取り入れたい対策方法は?
 近年、企業で取り入れられている「1on1ミーティング」をご存知ですか? 新しい手法を取り入れるのは良いことですが、蓋を...
堤防の上は“たまたま”のランウェイならぬ、ニャンウェイ♡ 見せ場のターンの瞬間をパチリ
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
意外に難しい「ミモザの鉢植え」を成功させたい! ほっぽらかし園芸好きの花屋が教える5つの失敗と対策
 暦の上では3月、ポカポカを通り越して半袖脇汗が止まらない日中があれば、突然寒くなり雪が降る…これは本当に三寒四温なのか...
想定外しかない商店会ワーク。文句ばかり言うおっさんにブチ切れ寸前、寅さんの名台詞で堪えました
 本コラムは、地元の“幽霊商店会”から「相談がある」と言われ、再始動の先導役を担う会長職を拝命することになったバツイチ女...
ぎっくり腰再発かも…? 運動不足解消のため、水泳を始めた中年おばさんの“まさか”
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
“春ピンク”は女性ホルモンを刺激!【調香師が解説】指先から幸せになるピンクフラワー香り術
 色とりどりの花が咲く春は、気分も明るくなって幸せな気分になりますね。花の色に多いピンクですが、女性ホルモンを刺激する色...
40代の同窓会はどこで差がつく? モテる人とモテない人それぞれの共通点
 若かりし時代を一緒に過ごしたクラスメイトと、定期的に同窓会を開いている人は多いですよね。でも、40代にもなってくると見...
ダイニングテーブル上の「キレイのコツ」5選 すぐに物が散らかり、ぐちゃあ~とするのなんで?
 家族みんなが団欒する時に欠かせないダイニングテーブル。食事をしたり、コーヒーを飲んだり、宿題をしたりと大活躍ですよね!...
「かかってこいや!」攻撃待ちの“たまたま”が余裕の挑発? プロレス開幕の予感にワクワク
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
第一印象が悪いという悩み。好印象に近づく「メラビアンの法則」を知っていますか?
 ビジネスでも恋愛でも、第一印象は大切。第一印象が悪いとビジネスでは取引や契約に悪影響を与え、恋愛では恋人候補から外され...
変わらない、変われない。
 街は変われど、変わらない変われない一本松。  一体、何を視つづけてゆくのだろう。