「鉄腕DASHにTOKIOの名前入ってないの奇跡」…解散しても「タイトル変更回避」の妙に識者が言及
「ザ!鉄腕!DASH‼」(日本テレビ系)が6月29日に放送された。特番ではないが、視聴者から大きな注目を浴びていたのは、番組のメーンだったTOKIOの解散後、初となる放送だったからだ。
TOKIOは6月25日に解散。元メンバーの国分太一(50)に「重大なコンプライアンス違反があった」からだ。TOKIOの名前がなく、かつ国分抜きという点以外は通常どおり放送されたことに、視聴者からは《(「鉄腕!DASH!!」の番組名に)TOKIOの名前入ってないの奇跡やな》という声が上がるなど、驚きも広がった。
1995年から30年続いたTOKIOの“看板番組”と言っても過言ではないが、一方で、出演者の名前やグループを含む“冠番組”ではない。だからTOKIO解散後もタイトルを一切変更せずに放送できたわけだ。TOKIOという大きなネームバリューがあるにもかかわらず冠番組になっていなかったことに驚く声は多いが、同志社女子大学の影山貴彦教授(メディア論)は、その理由は「同番組の成立過程にさかのぼって求めることができる」とこう説明する。
「1995年11月に『鉄腕!DASH‼』というタイトルで深夜放送の30分番組として始まった際、番組には司会者がおり、それは福澤朗さんと故・山口美江さんでした。一方、TOKIOは番組の中心的な出演者ではありましたが、まだ、94年のCDデビューから間もないこともあり、『冠を背負えるほどには至っていない』という判断があったかもしれません」
当初の形態からは、TOKIOの名前を冠する番組にはなり得ない状況だったということか。影山氏は番組の転機についても語る。
「番組は98年に毎週日曜日の夜7時スタートというゴールデン帯に進出し、TOKIOのネームバリューもこの頃は上がっていましたから、98年以降は『TOKIOの冠番組にしようと思えばできた』という状況になったはずです」
ただ、その後も「TOKIO」の冠がつくことはなかった。
「ここから先は推測になりますが、『冠番組にはできるが、そうはしなかった』という状況だったのではないでしょうか。というのも、同時間帯は96年4月から2014年9月まで明石家さんまさんの『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)の裏で、TOKIOは98年3月まで『からくりTV』に出演していました。かつて世話になった番組の真裏で冠番組を持つのは信義に反すると、TOKIO側や日本テレビ側が考えた可能性は否定できないのでは」
筋を通した結果、後のタイトル変更にも至らなかった可能性があるということか。今となれば、TOKIO自体が“消滅”したわけで、結果オーライ?
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「鉄腕」の時の姿からは想像もできない本性が隠れていたようだ。関連記事【もっと読む】国分太一が「世界くらべてみたら」の収録現場で見せていた“暴君ぶり”と“セクハラ発言”の闇…では、国分太一の裏の顔に迫っている。
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