「なめられてたまるか」出産直前、夫は女と沖縄へ…密会場所に乗り込む“元ギャル妻”の計画【平塚の女・足立亜理紗 29歳】

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-08-09 11:45
投稿日:2025-08-09 11:45

結局夫はやって来なかったが、その女は――

 ひたすら子供たちとプールで遊んだ後、私はパラソルに戻った。カンタと莉奈はまだ波のプールで遊ぶという。

 あの女は、にやけ顔でスマホをいじっていた。

 ――てか、プールにひとりで来て、何しているんだろう。

 ナンパ待ち、でもしているのだろうか。しかし、ナンパなんて時代遅れだし、なにより彼女はそんな年齢でもないだろう。おそらく、私とは同世代なのだから。

「やっと静かになってくれましたよ。うるさくてごめんなさいね」

 彼女がゴキゲンそうで、私もゴキゲンなのをいいことに、思わず話しかけてしまった。きょとんとした顔を返される。気にしない。もう私は無敵だ。

いつの間にか夫の愚痴を話していた

「い…いえ、気になりませんでしたよ。それにしても大変ですね」

 意外と気にかけてくれていたようだ。ちょっとだけ見直した。

「――旦那様は?」

 夫のことを知ってか知らずか、突然話題に出されてドキッとした。もちろん、知っていないテイで話を進める。

「平日ですからね。夫は仕事人間なんで。慣れたものです。だけど、その分稼いでくれるから。子供たちには優しいし、必ず出張の時はお土産を買ってきてくれるので十分満足して――」

 と言ったところで、乳児が泣いた。了承を得て、ケープの中で授乳をすると、途端大人しくなった。

「大変ですね」

 目の前の女は改めてつぶやいた。正直、当事者としてはさほど大変ではない。日常のことで、もう慣れてしまった。

 だけど、子供の世話より、もっと大変なことがある――押し込めていたが、その静かで優しい口調に、思わず本音が漏れた。

「実は、そうなんです…いつもワンオペで。夫は帰って来てもすごく遅くて飲んでいるし…この前なんて」

 ふと、日々の愚痴を話してしまっている自分がいた。

不思議な魅力の女――亜理紗に芽生えたある感情

「そうなんですね、お疲れでしょう」

「ええ…毎日ゆっくり眠れてなくて」

 彼女には、どこか声に包容力があった。

 不思議だ。夫と浮気している女なのになんでこんなに話すことができるんだろう。同じ男を知っているという安心感なのか…それはそれで密かに私の心を解放させていた。

 ――あの人も、こんなふうにいろいろな私の愚痴を吐いているのだろうか。

 女は、うん、うん、と聞いてくれているだけだったけど、私の心は癒されていた。匂わせようとか、既婚女性としてマウントをとろうとか、話し始めた時に生じていた下衆な感情は、どこかに消え失せている。

 女は、日が暮れるまで、ひとりでいた。

 プールに入ったのを見たのも最後だけ。結局、何のためにいたのかは、考えないでおこうと思った。

 ひとしきりのたわごとに付き合ってもらった後、私はお礼代わりに彼女のインスタの投稿にハートマークをつけた。

 辿れば正体がバレてしまう可能性もある。あの人の妻であると。

 でも、別にいい。むしろ、そうなってもいい。

 あの人には、もっとふさわしいいい人がいるはずなのだ。

 存在証明。あなたが入り込んだ夫の世界は、彼の広い世界のたった一部分にすぎないことを、教えてあげるという優しさだ。

その日、彼女とミセスを歌う夢を見た

 その夜、女の投稿を見ると、彼女の行きつけらしい居酒屋で、バカ騒ぎをしているリールをあげていた。

 常連らしい若者と、ミセスを熱唱している。とても楽しそうだ。私もその中に入りたいと思うほどに。

 ――私も、夫に出会わなければ、こんな今があったのかな。

 私の隣では3人の子供がスヤスヤと眠っている。羨望でも憐みでもない、ただの傍観。そんなことを考えていたら、いつのまにか夢の中にいた。

 そこでは、私とあの子が、カラオケで一緒にミセスを歌っていた。夏によく耳にするあの歌を。

私の質問に、不自然に口をつぐむ夫

 ぐっすりと、なかなかいい目覚めだった。

 午前8時。ちょっと寝すぎたみたいだ。カンタと莉奈は勝手に早起きして、自らパンを焼いて食べていた。出来た子たちである。

「ただいまー」

 一階の玄関から、なぜか夫の声がした。しばらくすると、スーツ姿の彼が帰ってきた。

「あれ、まだ寝ていたんだ」

「え、どうして? もう帰ってきたの?」

「どうせ今日会社有休だし、ガキンチョサービスでもしようと思ってさ。始発で帰ってきたよ」

 そう言って、彼は551の紙袋を私の目の前に差し出した。

「大阪から新幹線で、この時間に平塚に着くんだね」

 素直な疑問をつぶやくと、不自然に彼は口をつぐみ、私の言葉が聞こえなかったかのように別の話題を示した。

「プールにでも連れて行ってやろうかな。辻堂のジャンボプールとか」

「どうかしら? 昨日、大磯のプールに行ったの。あの有名なホテルのところ」

「へぇ…」

 なぜか夫はさらに黙って、寝室を出て行ってしまった。そしてスマホを手に、お手洗いに向かった。

幸せな日常。これで十分

 結局、私たちは朝ごはん代わりの豚まんを食べて、ゆっくり午前中を過ごしたあと、近くのららぽーとに行くことにした。

 フードコートの小あがり席から、キッズエリアではしゃぐ子供たちを眺めながら、会話のない穏やかな時間をふたりで過ごす私たち。

 これが日常。幸せな日常。これで十分。だけど、非日常を私も味わってみたい。思わず私はつぶやく。

「今度、沖縄とかに連れて行ってよ。贅沢な旅行したいな」

「いいよ。たまには家族とも、そういう場所もいいよな」

 夫は意外にも即答した。変な意味に捉えられそうな言葉尻があったが、余計なことは考えないことにする。

 今日は、ひさびさにぐっすり眠れそうな気がした。


Fin

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


無邪気? それともSOSのサイン? 子供に言われてショックだった6つの言葉
 子供の純粋な一言に、あるいは反抗期に浴びた一言にグサッ! と傷ついた…。親なら一度は経験したことがあるのでは? 今回は...
「どうか3カ月だけ僕に時間を…」期間限定の提示で離婚保留。“あと一歩”で踏みとどまった3つのLINE文面
 不倫や離婚、退職など、人生の流れを変えるような決断をする時、たったひとつのLINEが気持ちを大きく突き動かす場合があり...
ポカポカ陽気に思わずへそ天♡ ご機嫌“逆さたまたま”が尊すぎる
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
ココロのマグマ
 照らされた木々を見て、ココロがじわりと熱くなった。  あなたは、どう?  
【女偏漢字探し】「娑」の中に「婆」が一字だけ、さーてどこにある?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
「なぜか嫌われる人」にありがちな7つの特徴。スマホばかり見てない? 人の振り見て我が振り直そう
 なぜか嫌われる人っていますよね。本人も嫌われる原因がわかっていない可能性があります。  今回は、なぜか嫌われる人に共...
東大現役進学のホリエモンはⅩで《中学受験させる親はクソ》と投稿。我が子の習い事を辞めさせるサインは?
 中学受験シーズン真っ只中の2月1日、ホリエモンこと堀江貴文氏(52)が自身のⅩに《未だに中学受験とかに血道を上げてる親...
プチプラ→憧れのハイブランド!“40代潔癖症”が「グッチの名刺入れ」購入時に気付いた3つの注意点
 長く使える良いものを購入したいと思ってはいたのですが、ついついプチプラを選んできた人生。  ハイブランドが良いと...
もう勘弁して!「職場MTGのストレス」何に感じる? 2位は結論が出ないこと。
 忙しい日々の業務中、無駄な会議やミーティングが差し込まれると「それ、私が出る必要あります?」とイラつくことも正直ある。...
「男性がみっともないと思う女性」6つの特徴。知らないより知ってはいた方がいいはずだっ
 男から見て「みっともないな」と感じるような女性の特徴、みなさんご存じですか? 男性って意外と女性のことをシビアにチェッ...
魅力だらけで目移り必至! 神レベルの激かわ“たまたま”がご降臨
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「ガーベラの首グッタリ問題」4つの復活方法。春が100倍楽しい「変わり咲きガーベラ」は猛烈おすすめ!
 特にJK界隈がソワソワする卒業式シーズンに突入です。自分がもらう側の卒業生であっても、彼氏に、彼女に、そして仲良しのお...
更年期で老眼未満の仲間たちよ、視覚的老化はショックデカっ!けどね…
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
職場にいる「昭和おじさん」のウザい一言7選。古い価値観は反面教師に
 令和の今、昭和の価値観を引きずった「昭和おじさん」に違和感を抱く人は少なくありません。特に仕事の場面では、上司である昭...
同じツナマヨで三角、手巻き、俵形か…んー憎めないw うっかりさんの可愛いやらかしLINE3選
 不注意でどこか抜けているうっかりさんは、周囲に迷惑をかけてしまう人が多いですよね。でも、本来なら被害を被って怒りたいと...
さよなら、もんさま…最愛の猫を亡くした40女が語るペットロスからの回復法
 先日、愛猫のもんさまが亡くなりました。苦しむことなく、穏やかで立派な最期でした。