「スケジュール管理ができない人」は一体何だというのか。運だけで生きてきた私に浮上した、ある疑惑

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2025-11-30 11:45
投稿日:2025-11-30 11:45

「カリスマ書店員」時代のやらかし

 かつてカリスマ書店員という言葉が流行った頃、各局のラジオ番組からゲスト出演の依頼が頻繁にあった。

 今よりもまだ少し本というものが注目されていた時代で、今月のおすすめ本や、話題の文学賞についてのコメントを、本好き書店員として求められたのだ。それらの多くはノーギャラであり、交通費も支払われず、運が良ければペットボトルの水がもらえるくらいだった。

 それでも引き受けたのは、ひとえに本が1冊でも売れればいいなという思いからである。そして、公の場に出ることで書店員としての信頼が厚くなれば、結果的に店の売り上げにつながるだろうという目論見があった。

 あれはまだ書店でバリバリ働いていた頃、平日の公休を珍しくのんびり家で過ごしていると、スマホが鳴った。電話嫌いの私が珍しく電話に出ると、相手は差し迫った様子で、「緊急の国会が開かれるので今日の番組はいったん延期でお願いします」と言う。ラジオ局のディレクターだった。

「さすがにもう近くまでいらっしゃっているとは思いますが…」と申し訳なさそうに詫びる。それはすっかり忘れていた生放送番組開始の直前だった。当時私は初めてのひとり暮らしで、家賃の安さを理由に東京都のはずれに住んでいた。

 そこから渋谷のスタジオまでは、うまく乗り継いでも1時間半。もし緊急国会が開かれていなければ、私はゲストとして出演するはずの生放送番組に穴を開けていたのだ。書店員としての信頼どころか、人として地の底まで落ちるところであった。

 私は運が良い。でも、そうやって運の良さだけで40年以上、なんとか首の皮一枚でつながってきてしまったことが、逆に良くなかったのだと、今では思う。

《スケジュール管理ができない人は…》という言葉にイラッ

《スケジュール管理ができない人は…》という言葉がSNSに流れてきたのは、まさに今、数日後に船に乗って釣りに行く予定と、楽しいお茶会をするという、両立不可能な予定が重なっていることに気付き、絶望した直後のことだった。

 私がどれだけその2つの予定を楽しみにしていたか、相手には絶対に伝わらないだろう。まるでどうでもいいことのようにすっぽり忘れていた、と思われるはずだ。

 その大失態を盗み見ていたかのように、私の心を揺らす情報を見せて来るSNSにカッとなりつつも、気になった。スケジュール管理ができない人は、一体何だというのか。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


ぐにょっとした虫の感触が恐怖! トラウマ級エピと嫌いを克服する方法
 この季節、頭を悩ませるのが「虫」です。特に虫嫌いの人にとっては、生活するのに支障が出るくらい虫の存在は恐怖そのもの……...
猫のたまり場でパチリ! 憧れの茶トラ兄貴の立派な“たまたま”
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
街の「表と裏」 バックヤードからしか見えない風景がある
 人が行き交う華やかな表通りの裏の顔。  すべてがピカピカってわけじゃないけれど、人も街も一面的ではないからね。 ...
子育てしながら“がっつり”働く最適なタイミングは「年長さん」の結論
 ステップファミリー6年目になる占い師ライターtumugiです。私は10代でデキ婚→子ども2人連れて離婚→シングルマザー...
「色の白いは七難隠す」の「七難」は何を指すの?
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や表現、地名など...
お嬢様、「ニーゼルミューカス」って何ですの? 上品すぎる“おLINE”3選
 育ちのいい女性は、言葉遣いも上品ですよね。特に、裕福な家庭のお嬢様は異次元に上品すぎる言葉遣いをしているもの……。  ...
何歳で片付ける? リビングに置いたベビーゲートを撤去した
 5歳と2歳半の子どもを育てています。先日、子どもが生まれてから設置していたベビーゲートをついに撤去した我が家。きっかけ...
ぽっちゃり体型見て妊娠と断言するなんて…ドン引きした「親戚エピ」5選
 非常識な人を見ると「あんな風にはなりたくないな」と距離を置いたりするものですが、非常識なのが親戚となると話は別。身内と...
耳がちょっぴり痛いかも?「世間知らずの大人」がたどる怖~い末路
「自分は世間知らずだな」と最後に思ったのはいつですか? もしも思い出せないくらい昔なら、ちょっと自分の住む世界が狭くなっ...
最後に乗ったのは誰? 観覧車の思い出と窓の中に見えた夢
 最後に観覧車に乗ったのはいつだったろう?  かつては親にせがんだものだけれど、いつの間にか自分がその立場になって...
共働きなのに不公平! 妻の不満が爆発する「育児の負担割合」問題
 近年では、夫婦共働きの家庭が増えています。実際に、夫の稼ぎだけで生きていくのは難しい時代になったと感じる人は多いはず。...
もうプレゼント選びに迷わない! 40代女性が欲しいものテッパン5選
 欲しいものは、年齢によって変化するものです。だからこそ、プレゼントを贈る時には、年齢に合わせた好みがわからないと迷って...
「ChargeSPOT」活用で充電忘れてもブルー回避! 2023.8.31(木)
 外出先でスマホのバッテリーが切れそうでピンチ! だからと言ってモバイルバッテリーを常に持ち歩くのも重いし、荷物になりま...
猫が優勝! 鹿との“たまたま”脳内対決で「奇跡的可愛さ」を実感した報告
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
ガチとの線引きはどこ? 嫌われやすい「にわかファンあるある」6選
 スポーツ界やアイドル界には、多くのファンがいますよね。ファンについて最近よく言われるのが「にわかファン」の存在。ガチフ...
【花選びの新常識】高感度な人たちは「豪華すぎない切り花」が好き!?
 猛烈に暑い今夏。暑すぎて「切り花は日持ちがしない」という買い渋りの声はよく聞かれますが、それでも植物はなんだかよく売れ...