【星と月は天の穴】バツイチ小説家の虚無的な性の日々

更新日:2025-12-20 17:03
投稿日:2025-12-20 17:00

【孤独のキネマ】

 星と月は天の穴

  ◇  ◇  ◇

 原作は吉行淳之介の同名小説(芸術選奨文部大臣賞受賞)、監督は「身も心も」「火口のふたり」の荒井晴彦。今度の男と女はどんな肉欲を突きつけてくるのかと興味津々だ。となれば見ないわけにはいかない。

 1969年。小説家の矢添(綾野剛)は妻に逃げられて以来10年、独身のまま40代を迎えていた。偶然再会した大学の同級生(柄本佑)から、彼の娘が21歳になると聞いて時の流れを実感する一方、離婚によって空いた心の穴を埋めるようにお気に入りの娼婦・千枝子(田中麗奈)と肉体を交えている。

 不惑を過ぎても葛藤する矢添は小説の主人公・A(綾野=二役)に自分を投影し、20歳も年下の大学生・B子(岬あかり)との恋模様を綴ることで「精神的な愛の可能性」を探求していた。 

 そんな折、矢添は大学生の紀子(咲耶)と運命的に出会う。クルマで紀子を送り届ける途中、彼女の“粗相”がきっかけで情事に至り、矢添の心情にも変化が現れ始めた。無意識なのか確信的なのか……。距離を詰めてきては心に入り込んでくる紀子の振る舞いを、矢添は恐れるようになる。

 一方、久しぶりに会った千枝子から「若いサラリーマンと結婚する」と聞かされ、矢添は「最後に一緒に街へ出てみるか」と彼女を誘い、娼館の外で夜を過ごすのだった……。

 3人の美女が全裸を披露しているが白黒画面のため、肌の艶めきはやや薄い。ただ、白黒のせいで男と女の性の営みが重厚さを増した。盲腸手術の傷や唇などのパートカラーが女体の魅力を引き立たせる趣向だ。

 主人公の矢添はバツイチの小説家だけあって、どこか感覚が違う。娼婦であろうと女子大生であろうと女は自分を楽しませるための道具と考えているふしがある。深い関係の紀子ですら、自宅に入ることを拒む。バリアを張っているのだ。物腰は穏やかだが、矢添の目は常に冷たく、真の笑いはない。虚無的な雰囲気をずっしりとまとっている。

 彼は女たちに癒しや安息を求めることはない。では何のために女体を求めるのか。もちろん40代にして今なお旺盛な性欲を満たすためもあるだろう。だが女たちを渡り歩くことで自分がどのように反応するか、その結果を楽しんでいるように思える。

 だからセックスの最中に「気持ち良い?」などと相手の喜びに気づかうことはない。ただ黙々と行い、おのれを満たしてしまえばさっさとパンツをはいて立ち去ろうとする。

 時は69年。東大安田講堂の攻防戦で学生たちが敗北し、シラケの時代に突入する前夜である。劇中に出てくるアポロ11号の月面着陸は人々が何かに燃えた最後の象徴のように思える。ここから70年代に入り、学生運動の炎が消え、大衆が沸騰しない世相が始まった。そうした時代の転換点に、矢添は性欲が強くても愛情を拒む男として我が道を歩む。いわば孤高のナルシスト。彼もまた沸騰しないのだ。

 綾野剛の枯れた演技によって再生されたシラケ男はすこぶる興味深く、魅力的でもある。なぜなら筆者もまた矢添のように、心を石にして女たちとの関わり合いを味わってみたいと思うからだ。おそらく本作を見た大人の男性は矢添に自己を投影し、何かを模索するだろう。

 そもそも矢添自身が小説の主人公に自分を投影している。彼が自己を実験材料にして書こうとするテーマは「愛情」なのか、それとも「虚無」なのだろうか。(製作・配給=ハピネットファントム・スタジオ/テアトル新宿ほか全国公開中)

(文=森田健司)

エンタメ 新着一覧


『有吉の壁』ブーム期待も…人気キャラの“展開”に冷めた視線。番組の過剰な介入で萎えるファンの複雑心理
 日本テレビ・水曜7時からの人気番組『有吉の壁』(日本テレビ系)。なんとこの10月でレギュラー放送開始から5年半を越える...
『あんぱん』お色気や国民的アニメの時代、のぶの行為に子供は喜べるのだろうか
 のぶ(今田美桜)は八木(妻夫木聡)の会社で子どもたちに『あんぱんまん』の読み聞かせをすることに。だが、子どもたちは興味...
桧山珠美 2025-09-13 11:30 エンタメ
『あんぱん』あれっ、今“あんぱんまん”って言った? 開始2分で誕生。嵩の創作の苦悩が見たい
 嵩(北村匠海)は再び“おじさんあんぱんまん”の絵を描き始め、物語はほぼ完成する。原画を見つめながら、嵩の話に耳を傾ける...
桧山珠美 2025-09-13 11:35 エンタメ
【芸能クイズ】伊東市長で話題の東洋大学、フワちゃんは卒業済み。では同大学出身“ではない”有名人は?
 テレビやネットでふと耳にした、あのひとこと。記憶の片隅に残る発言の背景には、ちょっとした物語があるのかも?  ネ...
中島裕翔がJUMP電撃卒業。退社か残留か…山下智久、赤西仁、中島健人らの活動から“今後”を考察する
 8月28日、STARTO ENTERTAINMENT(旧ジャニーズ事務所/以下、SE社)は、Hey! Say! JUM...
こじらぶ 2025-09-07 11:45 エンタメ
『あんぱん』手嶋治虫をも魅了するのぶ、魔性の女では? ヤムおんちゃん「老けたな」が届かない若々しい美貌
 蘭子(河合優実)が柳井家に草吉(阿部サダヲ)を連れてくる。久々の再会に大喜びののぶ(今田美桜)たち。そのころ、手嶌(眞...
桧山珠美 2025-09-06 12:30 エンタメ
これぞロック! YOSHIKIのパクリ騒動、文句を言って何が悪い? “寛容”を強制する世間への反撃
 人気アニメ『ダンダダン』の劇中歌に対して、《何これ、XJAPANに聞こえない?》と自身のX(旧Twitter)に投稿し...
堺屋大地 2025-09-06 11:45 エンタメ
芸人の結婚で“ガチ恋”離れが加速中。非モテ「マユリカ」中谷は救世主となるか
 芸人の結婚ラッシュがやってきている。メイプル超合金・カズレーザーと二階堂ふみの結婚をはじめ、令和ロマン・松井ケムリやは...
帽子田 2025-09-04 11:45 エンタメ
「あんぱん」やなせ氏がいじけてないか心配になる。誕生秘話は史実なの?
 週刊誌の漫画コンクールのページを目にした嵩(北村匠海)は、のぶ(今田美桜)に勧められ、その懸賞に挑戦することに。 ...
桧山珠美 2025-09-03 18:26 エンタメ
福山雅治 騒動で見えた「イケメン」の賞味期限。木村拓哉のプレゼントは許されたのか
『女性セブン』<激震スクープ 福山雅治 女性アナ不適切会合 フジテレビ報告書 独占告白70分>には、驚きました。 ...
吉沢亮が「国宝」級に美しい…隠れた名作5選。伝説級漫画の実写化で見せた“危うい”笑顔にゾクッ
 歴代邦画実写史上第2位となる興行成績を叩き出している『国宝』。このままの勢いで、歴代最高成績さえも残してしまいそうな同...
zash 2025-09-22 13:26 エンタメ
「あんぱん」ヤムおんちゃん登場! “じいさん”呼ばわりがちょっと切ない…。のぶや嵩とはどう再会する?
 ラジオドラマ「やさしいライオン」は、たくさんの人の耳に届いていた。しかし、登美子(松嶋菜々子)の反応が気になる嵩(北村...
桧山珠美 2025-09-01 17:08 エンタメ
【芸能クイズ】山下美月は一級船舶免許。意外と多い“資格取得者”を検索できる事務所は?
 テレビやネットでふと耳にした、あのひとこと。記憶の片隅に残る発言の背景には、ちょっとした物語があるのかも?  ネ...
欅坂46から10年。平手友梨奈らの脱退・卒業、解散危機に改名…櫻坂46はいかに“最高地点”へ辿り着いたのか
 櫻坂46が8月24日、全国ツアー「5th TOUR 2025 “Addiction”」の千秋楽を終えた。愛知、福岡、広...
こじらぶ 2025-08-31 12:22 エンタメ
「あんぱん」羽多子の“夢”はヤムおんちゃんの影響ですか? 予告にチラリと映る姿にも歓喜!
 のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)は引っ越しをして羽多子(江口のりこ)と同居生活を始める。そんな中、電話に出た羽多子が、...
桧山珠美 2025-09-13 11:33 エンタメ
「あんぱん」脚本家が“1番書きたかったこと”に目からウロコ! すべては聡明なお子様のおかげ…
 ある日、嵩(北村匠海)にファンレターをくれた小学生の佳保が、祖父の砂男(浅野和之)と柳井家にやってくる。笑顔で迎えるの...
桧山珠美 2025-08-28 15:25 エンタメ