アッ、やられた! 豹変する先生に身の危険を感じる私

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2022-07-18 19:44
投稿日:2022-07-15 06:00
 書店員として本を売りながら、踊り子として舞台に立つ。エッセイも書く。“三足の草鞋をガチで履く”新井見枝香さんのこじらせ(?)月イチ連載です。
 生きていれば、いつでも、いついつまでも何かしら悩みは尽きない。それでも、心も腹も満たしてくれる褒美さえあれば……。

歯の治療費が300万円から450万円に!?

 さきほど歯医者に行ったら、450万円が必要であることがわかった。以前は300万円と言われた気がするのだが、聞き間違いか、それともインプラントは時価なのだろうか。

 福井、神奈川、愛媛と3カ所30日間のストリップ仕事をやり遂げた。神奈川は通いだったが、自宅から往復3時間となれば、帰宅後はパタンと眠るだけ。それ以外は楽屋に寝泊まりする共同生活で、大先輩との合宿生活はそれなりに気を遣う。

 愛媛での仕事終えた翌朝、まっすぐ帰らず高知へと足を伸ばしたのは、自分への褒美である。

シモンズのベッドより高知の地酒と珍味

 午前中からノープランの飲み歩きツアーを敢行し、ひろめ市場で土佐の生搾り直七サワー、大衆食堂で瓶ビール、カウンターに惣菜が並ぶ居酒屋で、おかあさんや常連客と日本酒や焼酎を酌み交わし、ヘロヘロで片道7000円の夜行バスに乗り込んだのは昨日の夜8時ーー。

 褒美というなら飛行機にでも乗せてやれば良いのだが、交通費や宿代にかけるなら、そのぶんうまい酒と食事に使いたい。快適な空の旅より四万十の鰻、人生が変わるシモンズのベッドより高知の地酒と珍味だ。

 高速道路の工事や朝の渋滞でバスは予定より大幅に遅れ、新宿バスタに到着したのは、なんと13時間後の朝9時半。過去にGLAYの追っかけをしていたため、過酷な移動や野宿には慣れっこだが、コロナ対策で車内の食事が禁止されていたのは想定外だった。〆に買っておいた田舎寿司や名物のぼうしパンはお預けである。

 ショートスリーパーの私はほとんどの時間を瞑想空想妄想に費やし、2、3時間ごとにそれぞれ趣の異なるPAで用を足すことだけが楽しみだった。

新宿のマックに駆け込んで…発覚!

 そして強烈な空腹で思わず新宿のマックに駆け込み、マックグリドルをかじったところで思い出したのだ。10時に歯医者を予約していることに。マックで優雅にモーニングをしている場合ではない。

「交通が乱れまして……」と嘘ではない言い訳をして到着したのが11時。椅子を倒されつつ「新井さん、体調はいかがですか」と聞かれれば、顔にこってりと脂が浮き、ワンピースもシミとシワだらけで、心身ともに泥のように疲れているのだが、遅れた分際では「大丈夫です!」と元気に答えるしかない。

「大丈夫」の誤解

 しかしそれが「歯を抜いても大丈夫です!」と捉えられるとは思わなかった。チクッと歯茎に注射を打たれる。

 アッ、やられた!

 これでまたしばらく食事ができない。マックグリドルを食べておいてよかった。いやいや、それ以前に、抜歯というのはこれほどカジュアルに行うものだろうか。まだインプラントを入れるかどうかを決めていないのに。

 起き上がって中止を訴えると、先生は今までの穏やかな口調を捨てて、私の口内の状態が非常に悪いことや、自分の計画がいかに正しいかを早口でまくし立てた。私は恐怖を感じ、柄にもなく涙ぐむ。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

ライフスタイル 新着一覧


「寝てるカナ!」「ぁりがとぅ」それ、なんとかならん? Z世代が震えた“大人のクセ強”LINE6選
 流行り言葉は目まぐるしく移り変わりますが、やっぱり受け入れられない言葉はあるもの。今回は、どうしてもモヤモヤしてしまう...
「生理痛で婦人科に行くなんて大げさ」は間違い。月経不調の陰に潜む病気のリスク【専門医監修】
「月経前や月経中の腹痛がひどい」「頭痛や気持ちがわるくなったりする」「イライラが止まらない」…そんな月経にまつわる不調を...
【動物&飼い主ほっこり漫画】第103回「みんなで百物語ニャーン!」
【連載第103回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽの...
【漢字探し】「鎌(カマ)」の中に隠れた一文字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
40代、気づいたらぼっち…まぁ、仕方がない3つの理由と“新しいつながり”の見つけ方
 40代を過ぎてから「友達が減った」と感じていませんか? 学生時代に親友と呼べるほど仲の良かった友達でも、気がつけば年賀...
メン地下「推し活」でメンタル崩壊、ストーカー寸前…沼りすぎた女たちの壮絶リアルな体験談
 いろんな意味で話題の「メン地下(=メンズ地下アイドル)」は、激しいハマり方をする女性ファンが多いことでも有名です。 ...
義母からの過干渉が「上司より怖い…」30歳新妻を追い詰めた“凶器”のようなLINE
 私の友人ユリ(30歳・事務職)が結婚して半年。幸せいっぱいの新婚生活を想像していた彼女を待っていたのは、思わぬ“監視網...
やってもた! 買って後悔した“便利グッズと家電”無駄遣いエピソード。バナナケースってマジで何で買った?
 今日も日本中で便利グッズや便利家電が生み出されています。でも、中には便利なはずなのに使ってみると「絶対いらないわ…」と...
マイメロがちょこん♡ 100均の“ワッペン”で服がめちゃ可愛くなった! 芸能人もハマる、手芸が密かなブーム?
 もともと裁縫が好きで洋服や小物を作るのを趣味としていたのですが、引越しのタイミングでミシンを仕舞い込んでから、すっかり...
おばば軍団から聞いた不思議な話。植物のパワーって本当にある? 花屋おすすめの“魔除けになる”飾り方
 ワタクシはいわゆる「スピなお話」が「都市伝説」関連と合わせて大好物でございます。  仕事柄、葬祭や宗教関係の方々...
姑の「無事でよかった」にウルッ…。義母からの“心に染みた一言”4つ。「うちの宝よ」って照れくさいなあ!
“姑”と聞くと「うわぁ…」とマイナスなイメージが浮かぶ人もいるかもしれませんが、素敵な姑も存在するもの。そんな姑をもつ女...
猫さま「ただ受け止めよ…」風に身を任せる“にゃんたま”のありがた~い説法が聞こえる?
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
スター猫ににゃんたま総長まで。個性的なモフモフが大集合! 秋に愛でたい8連発♡
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 2025年8月にご紹介したもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかし...
中年の“集中力”はどこに消えた? 若い頃と「同じ脳じゃない」と気づいた私の小さな工夫
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
なんで全部マネするの?次男の妻が意味不明…悩む57歳義母が見つけた意外な突破口
 かつての嫁姑問題といえば「同居」や「家事」、「子育て」をめぐる衝突が定番でした。しかし令和の時代を迎え、別居が当たり前...
“イヤホン女子”は狙われる? 知っておきたい夜道のNG行動と自衛テクニック
 悲しいことに、女性をターゲットにした物騒な事件が続いています。日頃から防犯意識を高め、対策をしておきましょう。今回は特...