【立川の女・黒澤麻美30歳 #2】
【#1のあらすじ】
かつて2流アイドルグループの中堅メンバーだった麻美は、現在立川で専業主婦として平凡な毎日を送っている。彼女は現在、ひっそりとライブ配信者として活動しているのだが……。
◇ ◇ ◇
10代後半から20代の半ばまでは、人生で一番美しいと時期と言われている。
麻美はその限られた期間に華々しいスポットライトを浴びることができたが、もう終わった、と認めたわけではない。
確かに子供を産んだ時は、「これからは、子供が主役の人生の母親キャラとして生きなければならないのだ」という諦めに似た決意を抱いたこともあった。
だが、時折、まぶたの奥によみがえってくるのだ。
あの時。武道館に立った時の歓声や、お渡し会で声をかけてくれたファンの笑顔が――自分はまだ物語の主役でありたい。
だからこそ、どこかで自分の存在をいまだ待ち続けていてくれて、隠れた才能を見出してくれる誰かがいるはずだと信じたくて……。
ライブ配信中に起こった小さな異変
「おはよーございます。まみりんです」
朝10時。麻美がライブ配信アプリを立ち上げるなり、フォロワーからあいさつコメントとハートが投げられた。
ほとんどがいつものメンバーだが、そのゆるい内輪感も楽しい。配信ルーム名が『ゆるーりまみりんラボ』のため、麻美は自分のルームを“ラボ”、集まってくるフォロワーを独自に“研究員”と呼んでいる。
「どもども。さとちさん。今日入るの遅いね、なんかあったの? 『寝坊、夜勤だった』……夜勤て。お仕事何だっけ。あ、タクシーだっけ。『そうそう』てか、ラボのみんな、夜勤率高過ぎ。研究員、みんな夜職? 夜職ってちとちがうか」
いつものように、ゆるりとコメント返しや日常トークで楽しんでいると、ゲストの入室通知があった。
「ゲストさん、こんにちは。逃げないでー」
麻美は画面の奥を引き留めるように呼び掛けた。ほとんどが怖気づいてすぐ退室してしまうが、10人にひとりくらいはそのまま留まり、研究員になってくれる。
「歌のリクエストある?」
どうやらそのゲストも、10人のうちのひとりのようだった。その人はコメントもせず、留まるのみだったが、1時間ほど退出せずにいた。
「あー、じゃあ、ヒマなんで、歌でもうたおうかな。リクエストある?」
終盤、会話が途切れると、カラオケコーナーに移るのがラボのお決まりの流れだ。
研究員からリクエストを募り、流行りの曲を熱唱する。
アイドルグループ『TOWER LOVER』在籍時代は、メンバー内でも歌唱力が高い方だった。だから自信があったし、歌うことも好きなのだ。
AdoやYOASOBI、あいみょんなどの今どきのアーティストの楽曲がリクエストに並ぶ中、初めて発せられたゲストのコメントに目を疑った。
『ゲスト:“幸福ジェネレーソング”お願いします。』
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